artscapeレビュー

野口里佳「父のアルバム/不思議な力」

2014年10月15日号

会期:2014/09/19~2014/11/05

916[東京都]

オリンパス・ペンは1960~70年代に一世を風靡したカメラである。何といっても、通常の35ミリフィルムの半分のサイズ、72枚を連続的に撮影できるという利点があり、家庭スナップにぴったりだったので多くのアマチュア写真家に愛用された。もう一つの特徴は、普通にカメラを構えて撮影すると縦位置に写るということで、そのため「狙って撮る」ポートレートに向いていることだ。周りが写り込んでしまう横位置のフレーミングにはない、被写体とストレートに向き合っている感覚を定着できるのだ。
今回、野口里佳は、2013年に亡くなった父がオリンパス・ペンで撮影していたネガから写真を選び出し、自分でプリントして展示した。いうまでもなく、父が見ていたものを追体験することが目的なのだが、単純にそれだけではなく、写真自体のクオリティの高さに驚き、プリントしたいと強く思ったのではないだろうか。写っているのは、野口の母、野口本人と弟と妹、父が育てていたバラなどであり、撮り方も穏やかなスナップで、取り立てて「作品」にしようと気張っているわけでもない。にもかかわらず、そこに写っている光景には、時代の空気感が色濃く漂っており、的確な光の捉え方とフレーミングは、写真家としての力量の高さとしかいいようがない。その才能が娘に受け継がれたことは間違いなさそうだ。
なお、同時に展示されていた「不思議な力」のシリーズも、同じオリンパス・ペンで撮影され、インクジェット・プリントに大きく引き伸ばされている。野口が、父の撮影した家庭アルバムに触発されつつ、それを自分の問題として咀嚼して、光、影、氷結、磁力など日常にあふれ出てくる「目には見えない不思議な力」の正体をさぐり当てようとしていることがよくわかる。二つのシリーズの組み合わせに無理がなく、だが同時にそれぞれの方向に大きく伸び広がっていて、心地よい視覚的な体験を与えてくれる、とてもいい展覧会だった。

2014/09/24(水)(飯沢耕太郎)

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