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寒川晶子ピアノコンサート~未知ににじむド音の色音(いろおと)~

2016年10月15日号

会期:2016/09/24

ロームシアター京都 サウスホール[京都府]

寒川晶子は、88鍵あるピアノの鍵盤の全ての音を「ドからド#」の間に特殊調律した「ド音ピアノ」の演奏家。通常の平均律では、1オクターブを計12音に均等に分割するが、「ドからド#まで」という極めて狭い音程の中を12分割した「ド音ピアノ」では、微妙な差異と揺らぎを伴った音の広がりが、静かににじんでいくような響きが体感できる。
今回のコンサートでは、ド音ピアノのソロ曲に加えて、アクースモニウムの演奏者である檜垣智也との共演と、「音の織機」を演奏する人類学者の伊藤悟も加えた3者による共演が行なわれた。アクースモニウムとは、会場内に設置した複数のスピーカーをミキサーでリアルタイムに操作する、電子音楽のための多次元立体音響装置。また、「音の織機」とは、中国雲南省のタイ族に伝わるもので、布の紋様を織りながら、機織り機の立てる音の音色を操ることで、結婚前の女性が男性に想いを伝えるというものだ。一見、異色に思える3者のコラボレーションが、「音を聴くという体験」や「音楽」の幅を拡張してくれる体験になった。


会場風景 © Maki Taguchi

まず、寒川によるド音ピアノのソロが2曲。平均律という西洋音楽の基準に対して、無調音楽は12音という枠組みは保持したまま、長調や短調といった調性を排除することで相対化をはかったが、「ド音ピアノ」は調律そのものをいじり、「ド音」という固定化された基準を微分していくことで、平均律という西洋音楽の枠組みを相対化する。そうした批評性の射程に加えて、少しずつ異なる豊かな音が無数に存在すること、さらに音どうしの重なり合いが豊穣な響きとなることを実感させてくれた。それはピアノという楽器から鳴っている音には違いないのだが、「ぐわゎーん」と響き渡るお寺の鐘の音色、回廊にこだまするその残響、石の表面を激しく打つ驟雨、風に乗る遠雷、はるか彼方から響く海鳴り、空気を振動させる羽虫の群れ、といったものを連想させ、自然界のさまざまな音や現象に近く感じられる。「ピアノの音」であることの自明性から解放させる音響体験でもあった。
さらに、アクースモニウムとの共演では、舞台上に置かれた大小さまざまなスピーカーだけでなく、見えない客席背後や二階席にもスピーカーが仕込まれることで、360度の音響によって有機的な音の磁場が立ち上がる。それは電子音楽や録音音源の再生ではあるのだが、方向性をもった音に全身を囲まれ、音がぐるぐると旋回し、螺旋状に上昇していく空間に身を置いていると、ざわめきに満ちた深い森の中にいるように錯覚される。音という聴覚的現象によって、今いる場所が多重化していくのだ。
また、「音の織機」も加わった共演は、「ド」と「ド♯」の間に無数に存在する音と同様に、普段は「音楽」として意識して聴いていない音の中に、豊かな響きが潜在することに気づかされた。「トントン、カチャン」「カラン、コロン」という織機の立てる音が反復されることで、リズムを奏でているように感じられてくる。そこに寄り添う「ド音ピアノ」は、少しずつ異なる音が絡み合い、寄り合わされて複雑な表情をもつ布が織り上げられていくようで、「織機」とまさにつながる覚醒的な瞬間だった。

2016/09/24(土)(高嶋慈)

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