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artscapeレビュー

生誕80周年 澤田教一 故郷と戦場

2017年01月15日号

会期:2016/10/08~2016/12/11

青森県立美術館[青森県]

澤田教一が撮影した《安全への逃避》(1965)、《泥まみれの死》(1966)といった写真は、ピュリッツァー賞、世界報道写真コンテストなどの賞を相次いで受賞し、ベトナム戦争の過酷な現実を伝える象徴的なイメージとして、さまざまな媒体で取り上げられてきた。だが代表作のみが一人歩きするにつれて、逆に一人の写真家としての澤田の実像は見えにくくなってくる。今回、開館10周年の記念展として青森県立美術館で開催された「澤田教一 故郷と戦場」展では、美術館に寄託された2万5千点近い写真と資料とを精査することで、彼の全体像がようやくくっきりと浮かび上がってきた。
まず注目すべきなのは、彼がベトナムに赴く前の青森・東京時代の写真群である。澤田は1955年から三沢の米軍基地内のカメラ店で働き、のちに結婚する同僚の田沢サタの影響もあって、プロカメラマンをめざすようになる。その時期に撮影された、珍しいカラー画像を含む写真を見ると、被写体の把握の仕方、画面構成の基本を、すでにしっかりと身につけていることがわかる。被写体に向けられた視線の強さ、的確な構図など、後年のベトナム時代の写真と遜色がない。日本でレベルの高い仕事をこなしていたからこそ、ベトナムでもすぐに第一線で活動することができたのだろう。
もうひとつ、今回の展示で印象深かったのは、被写体への「感情移入」の強さである。ベトナムで撮影された写真のなかに、一人の人物を執拗に追いかけ、連続的にシャッターを切っているものがいくつかある。例えば1966年頃に撮影された、連行される黒シャツの解放戦線兵士を捉えた一連のカット、68年の「テト攻勢」下のフエで、負傷した男の子を抱えて何事かを訴える母親の写真などだ。これらの写真を見ると、澤田が明らかに苦難に耐えている人々や、無名の兵士たちに、強く感情を揺さぶられているのがわかる。それはたんなる憐れみや同情ではなく、人間同士の本能的な共感というべきものだ。
比類ない写真家としての身体能力の高さと、むしろパセティックにさえ見える「感情移入」の強さ、この2つが結びつくときに、あの見る者の心を動かす写真群が生み出されてきたのだろう。澤田の写真の知られざる側面を丁寧に開示する、意欲的な回顧展だった。

2016/12/01(木)(飯沢耕太郎)

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