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artscapeレビュー

宮田彩加「裏腹のいと」

2017年01月15日号

会期:2016/12/10~2016/12/25

Gallery PARC[京都府]

宮田彩加は、大学で染織を専攻し、手やミシンによる刺繍をベースにした作品制作を行なっている。手塚愛子、伊藤存、青山悟、竹村京、秋山さやか、清川あさみなど、刺繍という技法を用いる現代美術作家は珍しくないが、宮田が注目するのは「コンピューターミシン」の特性を逆手に取った表現だ。コンピューターミシンでは、専用ソフトで作成した刺繍図案データを読み込ませ、糸の色や密度、ステッチの種類などを指定すると、コンピューター制御されたミシンが自動的に図案を刺繍してくれる。この入力→出力のスムーズな回路に対して、宮田は意図的なバグ(画像データ上の空白)を介入させることで、予想外の糸の振る舞いを出現させている。「WARP」シリーズでは、野菜や果物のイメージを緻密に紡いでいた糸が、不自然な段差や縫い目の飛んだ空白といった「エラー」を生み出し、バーコード状に露出した糸のグラデーションの美しさを見せるとともに、突然変異を起こしたかのような変容のイメージを生み出す。こうした生物学的な関心は、ダーウィンの進化論を支持したドイツの博物学者エルンスト・ヘッケルが描いた、放散虫や珪藻類、植物などの精緻な生物画をモチーフにした作品例からもうかがわれる。宮田は、コンピューターミシン/生物学的図像という制作手段/モチーフを組み合わせることで、「プログラム制御とバグの介入」を「有機的生命体の創造的進化」へと読み替える。それは、バグやエラーの意図的な侵入によって、完全に制御されたシステムの完結性や管理の徹底性に対して亀裂を入れる抗議的振る舞いであると同時に、予定調和を外れた分岐的な可能性を肯定する態度である。
また、新作「MRI SM20110908」のシリーズは、自身の脳のMRI画像を元にした刺繍作品。糸の密度を分厚くすることで、布という支持体を無くし、多層的な糸の絡まり合いだけで構築されている。肉眼視できない身体の断面、しかも厚みを持たないはずの画像データが、糸という物質に置換され、さらに刺繍の特性のひとつである「裏」面(と「表」面との落差)も見ることができる。「制御されたプログラムとバグの侵入」という今日の社会状況へ敷衍できる批評性に加え、画像データと物質、イメージと認識、手工芸と機械生産、「裏」面の存在を忘却した絵画への批評という支持体をめぐる問題など、さまざまな示唆をはらんだ展示だった。

2016/12/17(土)(高嶋慈)

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