artscapeレビュー
エレナ・トゥタッチコワ「In Summer, Apples, Fossils and the Book」
2017年01月15日号
会期:2016/12/09~2016/12/29
POST[東京都]
ロシア・モスクワ出身で、現在東京藝術大学大学院美術研究科で学んでいるエレナ・トゥタッチコワの「林檎が木から落ちるとき、音が生まれる」のシリーズも厚みを増してきた。今回のPOSTでの個展は、torch pressから同名の写真集が刊行されたのにあわせてのもので、同時に渋谷区富ヶ谷のnaniでも映像作品を中心にした「In Summer, With My Dinosaurs」展が開催された。
これまでは、彼女の少女時代の記憶を、ロシアの夏の別荘、ダーチャで撮影した写真と重ね合わせてきた。だが今回の作品では、彼女自身は一歩距離を置いて、モスクワ郊外の川の近くに住む3人の兄妹、トーリャ、アーニャ、サーシャの夏の日々にカメラを向けている。もちろん、彼らがエレナの分身であることに違いはないのだが、父親と化石や「恐竜の骨」を拾いに行ったり、水の中で「サメ」に出合ったりするそれぞれの体験が、写真だけでなく文章でもいきいきと浮かび上がるように構成されていた。以前よりも、物語的な要素がより強まっていることは注目してよい。化石と水の流れ、炎、部屋の中に置かれた水槽などの象徴的なイメージも効果的に使われている。
写真展の会場の壁には、エレナの手書きの字で、テキストの一部が記されていた。それらを読むと、あらためてその日本語能力の高さに驚かされる。
「──林檎が木から落ちた、それだけのこと。木にいたときも誰の目にも触れず、落ちても草の中に隠れたままの小さな林檎。その音だけがいつまでも記憶に残った。アーニャが11歳になった年の夏の終わり。彼女の髪の毛が一番長く伸びた8月のことだった」。
こうなると、これまでのように写真(映像)が主で、文章が従という関係だけでなく、その逆もありえるのではないだろうか。われわれは、日本語で書くロシア人の小説家の誕生前夜に立ち会っているのかもしれない。
2016/12/16(金)(飯沢耕太郎)