artscapeレビュー

幻の響写真館 井手傳次郎

2017年01月15日号

会期:2016/12/07~2016/12/27

Kanzan Gallery[東京都]

井手傳次郎(1891~1962)は長崎県佐世保に生まれ、16歳で上京した。画家を志して太平洋画会研究所で学ぶが、夢は果たせず、長崎に帰って写真家の道に進んだ。上野彦馬の弟子筋にあたる渡瀬守太郎に入門して肖像写真撮影の技術を身につけ、1925年に長崎市舟大工町で写真館を開業する。1928年には同市片淵に移って、響写真館という名前で営業を開始した。今回の展覧会は、傳次郎の孫にあたる根本千絵(次女・夏木の娘。父は美術批評家の針生一郎)が上梓した『長崎・響写真館 井手傳次郎と八人兄妹物語』(昭和堂)の刊行にあわせたもので、傳次郎の残した約1300枚の乾板から、あらためてプリントした写真を中心に、アルバムや資料が展示されていた。
長崎という土地柄もあるのだろうか、蔦の絡まる煉瓦造りの西洋館の前で撮影された家族の写真などを見ていると、どこかエキゾチックな雰囲気が目につく。傳次郎の作風も、当時としてはかなりモダンなもので、特に光と影の処理の巧みさ、ソフトフォーカスの効果をうまく使った画面構成に、独特のセンスを感じる。背景に植物の影のパターンを写し込む手法を得意としており、ロマンチックな女性ポートレートには、画家としての素養が活かされている。自ら編集・構成した写真アルバム『長崎』(1927)、『島原・雲仙』(1930)を見ても、写真家としての力量が群を抜いていたことがわかる。
今回は展示されていなかったが、傳次郎には原爆投下後の長崎の被災の状況を撮影した写真もある。もう少し大きな会場で、その全体像が浮かび上がる展示を見てみたい。このところ、埋もれていた写真家たちの業績に光を当てていく取り組みが目につく。地道な掘り起こしの作業を、着実に展示や出版に結びつけていってほしい。

2016/12/11(日)(飯沢耕太郎)

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