artscapeレビュー

柳根澤 召喚される絵画の全量

2017年01月15日号

会期:2016/09/24~2016/12/04

多摩美術大学美術館[東京都]

朝日新聞で山下裕二氏が絶賛していたので、どんなもんかと思いつつ見に行った。最初はあまりピンと来なかったけれど、見ていくうちにジワジワと染み込んでくる。見れば見るほど染み込んでくる。ハズレはない。ほぼすべてド真ん中に入ってくる。こんな経験は何年ぶりだろう? 彼の絵はキャンバスに油彩やアクリルで描いた西洋画ではなく、韓国紙に墨やグワッシュ、テンペラを使ったいわゆる東洋画で、モチーフは公園の風景や室内、湖、林、テーブル、本棚、自画像など、ごくありふれたもの。そう書くとつまらない日本画を思い出すかもしれないが、逆にそれだけの要素でこれほど豊穣な絵画世界を開示してくれるところがスゴイのだ。もっとも、室内にゾウがいたり、湖に家や家具が浮かんでいたり、シュールなイメージは散見されるけれど、そんな奇妙なヴィジュアルで驚かすわけではない。おそらく室内にゾウがいるのは、シワだらけのゾウの足元に敷かれたしわくちゃの布団と関連しているだろうし、湖にごちゃごちゃしたものが浮かんでいるのは、湖面に映る背後のギザギザした岩肌と対置させたかったからに違いない。
もし彼の選ぶモチーフに特徴があるとすれば、こうしたゾウや布団のシワ、ギザギザの岩肌のほか、木々の葉、本棚に並んだ無数の本、何百何千もの石を積み上げた石垣といったフラクタルなありさまであり、それはとりもなおさず絵に描きにくいものばかりなのだ。例えば《Some dinner》は、さまざまな料理や食器の置かれたテーブルを描いているのだが、画面の半分は白い胡粉の滴りで覆われている。そこではごちゃごちゃした静物を描き出す喜びと同時に、絵具を存分に滴らせることの愉悦も感じているはずだ。《Some Library》は図書館の奥まった本棚を描いたものだが、同時に棚の水平線と本の垂直線の織りなすノイジーなリズムを表わそうとしているに違いない。これまでずいぶんたくさん絵を見てきたはずなのに、これこそ「絵」であり、これこそ「描く」ことなのだと、あらためて絵画の本質に触れてしまったような新鮮な気分になることができた。

2016/12/03(土)(村田真)

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