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artscapeレビュー

潮田登久子『みすず書房旧社屋』

2017年01月15日号

発行:幻戯書房

発行日:2016/11/11

ユニークなドキュメンタリー写真+エッセイ集である。潮田登久子は1995年から「本と本の置かれている環境」をテーマにした写真を撮影しはじめた。本書に収められた「みすず書房旧社屋」の写真もその一環として撮られたもので、1948年に、芦原義信の設計で東京都文京区春木町1丁目(現・本郷3丁目)に建造された木造の社屋が、1996年8月に老朽化によって解体されるまでを追い続けている。
この旧社屋には、僕も一度だけ足を運んだことがある。およそ、みすず書房という日本有数の学術出版社のイメージにはそぐわない、下町のしもた屋という雰囲気の建物だった。それでも、潮田が撮影した写真を見ると、雑多に積み上げられた本の束、増殖する紙類、磨き込まれたテーブル、下宿屋のような流し、英字新聞が床に敷かれたトイレなど、いかにも「本をつくる」のにふさわしい、居心地のよさそうな環境であることがわかる。潮田は建物の外観や内装を丁寧に押えるだけでなく、その居住者たち、つまり編集部員や営業部員たちも撮影している。彼らのたたずまいも環境にしっくり融けあっている。夕方になると、近所の酒屋から缶ビールやおつまみを買ってきて、小宴がはじまるのだが、そんな和やかな談笑のなかから、いい企画が生まれてきたのだろう。いまや失われつつある、文化の匂いのする出版社が支えていたひとつの時代を、写真が見事に掬いとっていた。
本の装丁・デザインは潮田の夫でもある写真家の島尾伸三。当時みすず書房の編集部に在籍していた加藤敬事、横大路俊久、守田省吾、建築家の鈴木了二、写真家の鬼海弘雄と島尾伸三がエッセイを寄稿している。なお、版元の幻戯書房からは「本の景色/BIBLIOTHECAシリーズ」として、同じく潮田の写真で『先生のアトリエ』、『本の景色』が刊行される予定である。続編も楽しみだ。

2016/12/05(月)(飯沢耕太郎)

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