2021年06月01日号
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artscapeレビュー

比嘉豊光「骨からの戦世(いくさゆ) 65年目の沖縄戦」

2010年12月15日号

会期:2010/10/29~2010/11/05

明治大学駿河台キャンパス アカデミーコモン1F展示スペース[東京都]

沖縄の写真家、比嘉豊光は1997年から琉球弧を記録する会を組織し、古老たちが沖縄言葉で語る第二次大戦中の記憶を映像、写真などで記録する「島クトゥバで語る戦世」などの作品を発表し続けてきた。今回の「骨からの戦世 65年目の沖縄戦」もその延長上にある仕事である。2010年8月に沖縄の佐喜眞美術館で開催された展示を見ることができなかったのが心残りだったのだが、ありがたいことに東京展が実現することになった。
50余点の写真は沖縄本島の浦添市前田と那覇市真嘉比、西原から出土した日本兵の遺骨を、多くはクローズアップで撮影している。「65年目の沖縄戦」というサブタイトルに万感の思いが込められており、見る者はいやおうなしに沖縄全域が戦場と化した「戦世」の凄惨な状況を思わずにはいられない。だが、比嘉はあらかじめ意味づけされた枠組みを写真から注意深く排除し、ただそこにある「骨」を静かに差し出すだけだ。泥や塵がこびりついた骨たちは、丁寧に水で洗われ、不思議に優雅なフォルムと質感の物体となってそこにある。見続けているうちに、それらが何事かを語りかけてくるような気がしてくる。まずは、しばしその声に耳を傾けるベきなのだろう。
同時に上映されていた映像作品「骨からの戦世──脳が出た」では、頭骨の汚れを洗い流しているうちに、その中から半ばミイラ化した脳漿が出てくる。ここでも何らドラマチックな演出なしに、その事実が淡々と報告されるだけなのだが、激しく揺さぶられるものを感じた。ありえないことだが、頭骨の中の脳が65年という時間を生き続け、今なお何かを「考えて」いるのではないかという思いにとらわれてしまう。比嘉豊光の写真や映像作品を見ていると、見ているはずの自分が逆にその中から見つめ返されていることに気がつく。今度の展示でも、骨やミイラ化した脳漿がこちらをじっと見ているように感じるのだ。

2010/11/02(火)(飯沢耕太郎)

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