artscapeレビュー
『アーキテクチャとクラウド 情報による空間の変容』
2010年12月15日号
発行所:millegraph
発行日:2010年10月1日
まず最初に驚いたのが、背表紙にしかタイトルはないこと。表紙だけでは何の本かほとんどわからない。店頭での平積みによる初速の販売はあまり期待しないということなのか。なるほど、富井雄太郎の編集後記によれば、電子書籍元年と言われる2010年だが、そこに踏み切るには時期尚早と判断し、Amazonの販売を主軸に考えたという。
さて、本書のテーマは、「アーキテクチャ」と「クラウド」という、いわば現在もっとも流行しているキーワードを二つ掛け合わせたものだ。若い読者が興味をもたないわけがない。ヴィジュアル・メインのコンテンツではなく、対談やインタビューを軸としている(佐藤信が編集している『談』のスタイルにも近い)。これを読みながら思ったのは、かつては『建築文化』や『10+1』などの雑誌が、このような特集を組んだであろうということだ。が、周知の通り、ゼロ年代に入り、既存の建築雑誌が激減していった。そんななかで独自に本書が制作された過程そのものが、まさに現在のメディアの過渡期をよくあわらわしている。
本書は原広司×池上高志の対談に始まり、その後は柄沢祐輔、藤村龍至、森川嘉一朗、南後由後など、この種のテーマでは、おなじみの1970年代生まれのメンバーが登場している。とくに興味深いのは、吉村靖孝×塚本由晴の対談だ。前者は現代的な資本と情報の環境のなかから建築を再定義し、後者は情報というテーマを新しさだけから考えるのではなく、これまでの建築の蓄積のなかから位置づけようとしている。つまり、60年代生まれと70年代生まれのあいだの、新旧の価値観の違いが浮き彫りになっているのだ。識者の意見を拝聴するのではなく、また異分野の類似した思考を確認しあうのでもなく、同業者における思想の差異をぶつけあう対談はやはりスリリングだ。
はたしてアーキテクチャとクラウドが根本的に建築を変えるのか。それとも、狼少年のように、何度も繰り返される騒動のひとつとして歴史に残るのか。少なくとも、建築は最先端のテクノロジーではなく、もっとも遅い技術でもある。最新の建築がいつも過去よりすぐれた空間というわけでもないし、世界の多くの人々は昔と変わらない空間を享受している。それは歴史が証明してきたことだ。だからこそ、われわれが生きているいま現在が建築の歴史にとって革命的な瞬間になるかもしれないと特権的に唱えられる姿勢には、完全には同意できない。しかし、ここには未来を切り開こうという若さはある。
2010/11/30(火)(五十嵐太郎)