artscapeレビュー
高橋尚子「景色は私に吸いつくか」
2010年12月15日号
会期:2010/11/01~2010/11/07
PLACE M[東京都]
高橋尚子(1984年生まれ)の個展会場の挨拶文に、なかなか面白いことが書いてあった。彼女は学生の頃に、冬の牧場で働いていたことがあった。子牛に大きな哺乳瓶で体温まで温めたミルクを与える役目だ。ところが、生まれたての子牛はそれをなかなか餌だと認識できない。
「その人工的な乳頭に、子牛が吸いついてくれるまでの数分間のやり取りのなかに、どこか普遍的な関係性の法則が見てとれる気がした。カメラを手にして、そこに景色があるとき、この時の感覚が、再び想い起こされたのだった。」
なるほど、と思う。たしかに被写体を前にしてシャッターを押す時の駆け引き、やり取りは、子牛に人工的な乳頭を吸わせる時の感覚とよく似ているのではないだろうか。そこには「普遍的な関係性の法則」があるような気がする。高橋のスナップ写真にも、彼女の認識力の高さがよく表われている。スナップショットの撮影には単なる運動神経だけではなく、ここでシャッターを切るという確信が必要になる。高橋にはそのスナップシューターとしての資質がある。その結果として、彼女の写真はほのかなユーモアと悪意がじわじわと滲み出る、実に味わい深いものになっている。
どことなく、画面の全体にミルク色のねっとりとした霧がかかっているようにも見えるのだが、気のせいだろうか。
2010/11/04(木)(飯沢耕太郎)