artscapeレビュー

2010年04月15日号のレビュー/プレビュー

中川道夫『上海双世紀 1979-2009』

発行所:岩波書店

発行日:2010年2月

中川道夫の写真集は、世紀をまたぐ約30年の上海の変貌を浮かびあがらせる。最初の二枚は、いずれも外灘から浦東を眺める写真だが、四半世紀の時間の流れは対岸をまったく違う世界に変えてしまった。いわゆる建築写真ではない。むしろ、それぞれの時代のまちの人々がとらえられている。匂いと音が聴こえてきそうな写真だ。ちなみに、冒頭に数枚ある21世紀はカラー、残りの前世紀の写真は白黒である。筆者がはじめて上海を訪れのは約20年前であり、当時はまだ昔の日本の映像を見るかのようなセピア色のイメージだったことをよく覚えている。だが、その後の上海はすさまじい勢いで未来都市に変貌した。今年は上海万博も開催される。もしかすると、将来は、日本が昔の中国のようだと思われるのかもしれない。

2010/03/31(水)(五十嵐太郎)

内田青蔵『「間取り」で楽しむ住宅読本』

発行所:光文社

発行日:2005年1月

建築史家が、間取りを切り口として近現代の住宅史をたどる。興味深いのは、玄関、居間(この言葉が、「リビング」の訳語として初めて訳されたのは、大正時代の雑誌だった)、寝室、子供部屋、台所、便所など、住宅を構成する基本的な部位ごとに、その変遷を分析していること。言うまでもなく、それは近代社会において、いかに家族の概念が形成されたかを検証することにもつながる。われわれが当たり前だと思っている住宅=家族の姿は、せいぜい100年以内につくられたものであり、すでに大きく変容してしまった。例えば、大正時代に接客中心の客間から家族中心の居間への転換が起きたが、20世紀の半ばにテレビが侵入し、いまや居間には誰もいなくなっている。こうした歴史的なパースペクティブのなかで、山本理顕や難波和彦の住宅などが位置づけられているのも興味深い。

2010/03/31(水)(五十嵐太郎)

五十嵐太郎編『建築・都市ブックガイド21世紀』

発行所:彰国社

発行日:2009年4月10日

主に90年代以降に出版された、建築・都市に関する主要な本を紹介するブックガイド。編者の五十嵐太郎によれば、20世紀の建築・都市関連書物を100冊集めた『READING:1 建築の書物/都市の書物』(INAX出版、1999)と対になる本であるという。本書は20人の執筆者がおり、筆者もそのひとりに加えていただいているが、その2/3以上を五十嵐が書いている。おそらく単著としても出すことができたのであろうが、それでも足りない部分を原稿依頼したというので、本書の充実度は想像できよう。ところで、五十嵐太郎編によるこの種のアンソロジー系総括本は(過去の『20世紀建築研究』など多数)、決してある水準以上のものを取り上げるというような形式で網羅しているわけではない。何故この本がここに、何故この作品がここに入っているの? という驚きが、必ずいくつか散りばめられている。それが完璧にまとめ上げた教科書的な本との決定的な違いを生み出しているのではないか。例えば、高祖岩三郎の『流体都市を構築せよ!』、またその道では有名な森博嗣の推理小説など、一見、ほかとカテゴリーが違いそうなものも、五十嵐はフラットに取り上げる。しかし、それこそが編者としての五十嵐のオリジナリティを生み出している。だからこの本は、じっくり読んだ後に、もう一度、そういえばこの本はどうして取り上げられたのか、と考えてみる面白さも残っているのだ。

2010/03/31(水)(松田達)

岡田新一他『日本の未来をつくる──地方分権のグランドデザイン』

発行所:文藝春秋企画出版部

発行日:2009年5月30日

日本のグランドデザインを提言する本。著者は、NPO法人の「日本の未来をつくる会」のメンバーである、岡田新一、田村明、猪瀬直樹、市川宏雄、大野秀敏、神野直彦ら。なおこのNPO法人には岸田省吾、馬場璋造らも名を連ねており、建築系の人物がかなり占めている。本書では、道州制よりさらに地方自治を推し進めた完全自治州制が提示され、日本全国を八つに輪切りにすることにより、各州が日本海と太平洋に接するという領域案を岡田氏がまとめている。そして既存の横に伸びるインフラがそれらをつなぐ。現在議論されている道州制が、結局中央集権的な体制の繰り返しになることを、メンバーは危惧し、新しい地方分権案が具体的なダイアグラムとともに提示されている。建築家を加えたメンバーが、壮大な国土のグランドデザインを提言していることに注目したい。

2010/03/31(水)(松田達)

アートフェア東京2010

会期:2010/04/02~2010/04/04

東京国際フォーラム 展示ホール&ロビーギャラリー[東京都]

はじめてアートフェア東京に訪れた。といってもアートフェア東京は、2005年にはじまり今年で5回目を迎えた新しいイベントであり、まだ日本にそれほど浸透していないだろう。噂には聞いていたが、規模が大きい。参加ギャラリー138で、来場者数は約5万人だったというが、実際、世界最大規模といわれるアートフェアは、パリのFIACが参加ギャラリー210強、来場者数は8万人近く(2009)、アート・バーゼルが参加ギャラリー300強、来場者数は6万1000人(2009)だというから、ほぼ近いオーダーである。さて筆者は、美術の専門ではないので、率直に感じたことを書いておく。まずあまりにもさまざまな傾向が混在していた気がした。現代美術だけではなく、古美術、日本画、洋画、そして新しいタイプと名付けられていたが浮世絵まであった。もちろん、売買が最大の目的であるはずだろうし、多様な需要をシャッフルする狙いがあるのだろうが、単純に観に来ていた立場からすると、例えば今年の傾向が多少はわかるような仕組みもほしいような気がした。ただ、日本のアートマーケットの多様さが示されていたのであろうし、そもそも海外のように現代美術だけだと、マーケットとしてまだ成熟していないのであろう。おそらくG-Tokyo2010のような、現代美術専門のアートフェアが、今後現代美術のマーケットを拡大するのであろう。ファンタジックな作品が多くなっているという声も聞いた。実際、筆者は建築に絡むようなものを探しながら歩き、建物と山や船といったものがキメラ状にあわさった絵をいくつか見たが、それらもファンタジックではある。ただ、今年だけだとまだよく分からない点も多かったので、またアートフェアには足を運んでみたい。

URL=http://www.artfairtokyo.com/

2010/04/02(金)(松田達)

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