artscapeレビュー

林ナツミ『本日の浮遊』

2012年10月15日号

発行所:青幻舎

発行日:2012年6月1日

大ヒットの予感がする写真集だ。林ナツミは2011年1月1日から自分のブログ「よわよわカメラウーマン日記」(http://yowayowacamera.com/)に「本日の浮遊」シリーズをアップしはじめた。そこでは彼女自身がさまざまな場所で飛び上がり、空中を漂っているような瞬間を撮影した写真を見ることができる。最初の頃は、セルフタイマーを使っていたが、タイミングをとるのがむずかしく(最大で300回以上も飛び上がるのだそうだ)、彼女のパートナーで「バルテュス絵画への考察」シリーズで知られる写真家の原久路がシャッターを切るようになった。
このシリーズの魅力は、まずは意表をついた場面設定だろう。彼女の家の周辺や公園など日常的な場面もあるが、駅の改札口やホーム、レストランの中、バスルームなど、思いがけない場所でもジャンプしている。台湾で撮影したシリーズもあるし、最近はステレオカメラで撮影して、立体感を出すために2枚の写真を並べることもある。だがそれよりも、空中を漂っている彼女の姿がいつでも凛としていて美しく、見ていて解放感があるのが人気の秘密だと思う。鳥のように空を自由に飛ぶというのは、人間の見果てぬ夢だったわけだが、それがこのシリーズのなかで完璧に実現しているように感じるのだ。
誰でも疑問に思うのは、林がこの作品を制作するときに、コンピュータによる合成を使っているかどうかだろう。明るさやコントラストを調整する場合はあるが、基本的には画像の合成はしていない。つまり、彼女は100%自分の体を張って「浮遊」しているわけで、そのことが画像から生々しい恍惚と不安と緊張とが伝わってくる理由であることは間違いない。当初は1日1枚の「日記」の形式でアップしていた「本日の浮遊」は、あまりにも手間がかかり過ぎるのでペースが落ちて、現在はまだ6月までしか進んでいない(写真集では3月31日まで)。このシリーズが1年分たまったとき、どんな眺めが見えてくるのかがとても楽しみだ。

2012/09/05(水)(飯沢耕太郎)

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