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田村尚子『ソローニュの森』

2012年10月15日号

発行所:医学書院

発行日:2012年8月1日

タイトルの「ソローニュの森」というのはパリから車で2時間あまりの場所にあり、そこにはラ・ボルド精神科病院がある。その道の専門家には有名な病院のようで、思想家のフェリックス・ガタリが精神科医として勤務していたことでも知られている。田村尚子は、2005年にこの病院の院長であるジャン・ウリと京都で出会ったのをきっかけにして、ラ・ボルドを自由に撮影することを許された。今回まとまったのは、その後の6回にわたったという滞在の記録である。
精神病者の写真というと、ある種のステロタイプな画像がすぐに頭に浮かぶ。だが、田村の写真は、患者たちの歪み、ねじれ、悲惨さなどを強調したそれらの写真とは、まったく一線を画するものだ。たしかに一見して「普通ではない」人たちの姿も写っているのだが、そのたたずまいは柔らかく、穏やかな雰囲気に包み込まれている。それはいうまでもなく、ラ・ボルドが他の精神病院とは違って、患者と病院のスタッフとの、そして外部の世界との境界線をなるべくなくすような、開放性の高いシステムを導入しているからだろう。田村はその空間を「もう一つの国」として受け容れ、パリに戻った時に逆に「社会の檻の中に戻ってしまった」と感じるようになる。
とはいえ、ラ・ボルドに日本人の女性がカメラを持って入り込み、撮影することは、田村にとっても患者たちにとっても、相当に負荷のかかることだったようだ。「カメラは凶器にもなる」ことに田村は思い悩み、一度はラ・ボルドから「脱走」するに至る。だが、もう一度戻ってきて、患者たちの前で自作の写真の「上映会」を行なうことで、ようやくその存在を認めてもらうことができるようになった。一見穏やかな写真群の裏に潜む、心の震え、感情の揺らぎ。それらもまた彼女の写真は鋭敏に写しとっているように見える。
本書は医学書院の「シリーズ ケアをひらく」の一冊として刊行された。同シリーズでは写真集は初めてである。だが、「医療と生活の境界を大胆に横断し、日常を再定義する」という「シリーズ ケアをひらく」の企画趣旨にふさわしい本といえるのではないだろうか。祖父江慎+小川あずさ(cozfish)による装丁・造本が素晴らしい。薄紙を重ね、折り畳んでいくような繊細なレイアウトが、すっと目に馴染んでいく。

2012/09/05(水)(飯沢耕太郎)

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