artscapeレビュー

2011年09月01日号のレビュー/プレビュー

サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン2011

会期:2011/07/01~2011/010/16

サーペンタイン・ギャラリー[ロンドン]

筆者はいま英国滞在中のため、今月と来月の記事はロンドンからお送りしたい。ロンドンの夏の風物詩、サーペンタイン・ギャラリーのパヴィリオンへ行ってきた。このパヴィリオンは、同ギャラリーの隣接地に毎年夏季限定で設営される仮設の休憩所。2000年のザハ・ハディドに始まり、3期目が伊東豊雄、一昨年はSANAAが担当しており、当代のもっとも旬な建築家が招かれることで知られる。そして今年は、スイス人建築家ピーター・ズントー。写真のとおり、外観は一見、矩形の黒い箱のような建築。入口/出口は表と裏に三つずつある。入るとそこは薄暗いアーケード、建物の外周に沿った矩形状の回廊である。そこから別の入口へとさらに歩みを進めると、突然明るい庭が現われる(歴代のパヴィリオンで初めての試み)。そもそも同ギャラリーは、ハイド・パークに続くケンジントン・ガーデンズという公園/庭園の中にあるから、そこにもうひとつの小さな庭をつくるズントーの発想はたいへん興味深い。庭の形もまた長方形で、植えられているのは野の草花といった趣。それを囲むように、矩形の喫茶用空間が現出する。庭の上部分は吹き抜け、喫茶用のテーブル・ベンチと椅子が並んだ部分には、庇が低く架けられている。まるで日本の寺社ないし家屋の縁側にいるようだ。後で知ったが、パヴィリオンのテーマは、「瞑想の場所」であるそう。この中央に位置する庭のある場所に入ることで、ロンドンの喧騒から離れて心を落ち着ける。そこに座って、また庭の周りを歩いて、静かに各自が思いを馳せるのだ。してみれば暗い回廊部分は、内部の瞑想空間に入るために一呼吸置く場所と解される。ズントー建築のもつ深い精神性に感じ入ったひとときだった。[竹内有子]
図版キャプション:パヴィリオン外観、© Peter Zumthor, Photograph: Hufton+Crow

2011/08/02(火)(SYNK)

ミケランジェロ・ピストレット「The Mirror of Judgement」

会期:2011/07/12~2011/09/17

サーペンタイン・ギャラリー[ロンドン]

現代アートを専門とするサーペンタイン・ギャラリーでは、ミケランジェロ・ピストレットの展覧会が開催されていた。ピストレットは、アルテ・ポーヴェラとコンセプチュアル・アート双方の主導的なアーティストと見なされている。彼は1960年代後半から、日常的な「もの」が、思想や表現を通じていかにしてアートに変容するのかについて興味を抱いてきた。今回の個展のテーマは、「鏡」。会場に入って驚くのは、子どもの背の高さほどもある、波打つように巻かれた段ボール紙によって、迷路がつくられていることだ。来場者はそのサイト・スペシフィックな、曲がりくねった通路を回遊してゆく。ふと目をやると、ギャラリーの窓から見える緑豊かな風景とこの空間が連結していることに気付く。そうしているうちに、節々で、大きな鏡を用いたさまざまなインスタレーションに出くわす。「鏡」とそれに自ら向き合うように置かれた仏像のほか、四つの宗教に関連したもの。ギャラリーの天窓から見える空を映す「鏡」の池。「鏡」による大きなオベリスク等々。それらの鏡に映し出されるのはまぎれもなく、立ち止まる観者自身である。標題となっている「判断の鏡」とは、まさに、展示の一部となって他者から見詰められ、自分によってまた見詰め返される来館者自身なのである。いわば、外なる自分と内なる自分に相対して、彼/彼女はしばしたじろくことになるのだ。敷地の隣にある「パヴィリオン」の閉じたようでいて静かに開放されていたズントー建築と、一見開かれているように見えながら鑑賞者の内面を突きつけるような本展との対照が──ともに内省的空間を形成しているとはいえ──印象的であった。[竹内有子]
図版キャプション:展示風景、© 2011 Sebastiano Pellion

2011/08/03(水)(SYNK)

土田ヒロミ写真展「ヒロシマ・コレクション」「俗神」

会期:2011/08/02~2011/08/14

LADS GALLERY[大阪府]

土田ヒロミの代表作である2つのシリーズが同時に展示された。冷厳な眼差しに徹した「ヒロシマ・コレクション」も見応えがあったが、それ以上に惹かれたのは「俗神」だ。1960年代後半から70年代前半にかけて日本各地を取材し、風物や祭礼、芸能、世俗の人々などを捉えた作品からは、まさに聖と俗が渾然一体となった日本文化の深層が感じられる。そういえば、国立国際美術館で開催中の「森山大道 展」でも、1960年代末の作品が同種の匂いを放っていた。やはり大阪万博(1970年)前後のこの時期が、日本の文化史における分水嶺だったのかもしれない。

2011/08/06(土)(小吹隆文)

8.6東電前・銀座 原発やめろデモ!!!!!

会期:2011/08/06

銀座・新橋一帯[東京都]

高円寺、渋谷、新宿に続く「原発やめろデモ!!!!!」の第四弾。日比谷公園から銀座、有楽町を周って、内幸町、新橋まで歩いた。原発の危機が早くも忘れ去られているのか、あるいは東京湾花火大会と日取りが重なったせいか、前回までと比べて参加者は激減し、しかも警察による行き過ぎた介入によってデモの隊列が大きく引き離されたため、デモならではの群集的な一体感や昂揚感はほとんど感じられなかった。あるいは、原発の是非にかかわらず、あらゆる異議申し立て運動がマイノリティからの発信であることを思えば、本来のかたちが露になったと考えられなくもない。けれども、かりにそうだしとても、今回のデモは今後の脱原発運動が考えるべき論点をいくつか示していたように思う。そのひとつは、警察権力との距離感。今回の警備体制は明らかに過剰だったが、それに対する挑発や反動がさらなる介入を呼び込むという悪循環を招きかねない危うさがありありと感じられた。そのようにして自滅していった政治運動を経験的に知っている者からすれば、適度な距離感を保つことを勧めるのかもしれない。けれども、「原発やめろ」という主張が長期的な時間を要する根深い問題であることからいえば、そもそも街頭におけるデモ行進という表現形式そのものを再考する必要があるようにも思う。険悪な顔つきの警察官に睨まれながら街を歩く経験は、単純にいって、ちっともおもしろくないし(すなわち、まったく美しくないし)、そうであれば、別のかたちを採用したほうが健全であり、なおかつ効果的だからだ。その新たな集団的表現形式の具体的なかたちはわからない。しかし、その中心的な原理が想像力にあることは、おそらくまちがいないと思う。かつて小野次郎はウィリアム・モリスを評してこういった。「欲望の解放はそのまま人間の解放にはならない。むしろ管理の体系にたちまち転化してしまうという事実は、今日のわれわれの出発点である。モリスは欲望の体系に置き換えるに想像力の体系をもってしたと一先ずいっておきたい」(小野次郎『ウィリアム・モリス──ラディカル・デザインの思想』中公文庫、p44)。モリスの思想がアーツ・アンド・クラフト運動や社会主義運動の只中で練り上げられたように、3.11以後の世界を生き抜く思想も、この想像力をもとにした運動から育まれるのではないか。

2011/08/06(土)(福住廉)

インディゴ物語──藍が奏でる青い世界

会期:2011/07/14~2011/09/27

神戸ファッション美術館[兵庫県]

神戸ファッション美術館は、海外の美術館に行かなければ見られないような古今東西の服飾史を、日本に居ながらにして辿ることができる貴重な施設だ。ファッション教育というポリシーに基づく常設展示は、美術館の本来の姿をそこに見るようでじつに清々しい。今回の特別展示は、「青」の色をテーマに、同館所蔵品および、現代の藍染め、ジーンズ、中国少数民族の青い衣装等を展示し、服飾文化における「青」の広がりを見出そうとする試みである。
 会場に入ると、京都の現役作家、新道弘之氏による「藍の空間」が立ち現われる。白い布に吹矢で30回ほど藍の染料が吹きつけられ、たゆたうように浮かぶ群青の染み。どこまでも深いその青は、見ているとその深奥に吸い込まれていくかのようだ。続くふたつの部屋では、ステュディオ・ダ・ルチザンの創業者である田垣繁晴氏・小夜子氏のジーンズ・コレクション、そして研究者の柴村惠子氏により寄贈された中国少数民族の衣装コレクションが展示される。世界の服飾文化のふたつの極を象徴するようなコレクションを続けて観る経験は、微妙な色合いに対する人間の意識が、文化によりどのように異なるのかを改めて認識する機会となった。最後の大きな部屋では、所蔵品を中心とした東西のさまざまな時代の衣装が華やかに並び、観客を出迎える。
 本展入口前のスペースでは、神戸ファッション美術館と大阪樟蔭女子大学による「学館協働事業展」も開催されていた。これは、同大学が美術館の所蔵品を借用してその制作方法等を研究し、復元品や型紙をつくる事業である。8年目の今回は19世紀のマドレーヌ・ヴィオネのデイ・ドレスの復元等が行なわれた。詳細な研究報告書とともにレプリカや型紙を見る経験はめったになく、じつに興味深かった。デザイン研究においてファッション研究はもっとも難しい分野とされるが、それだけに、充実した常設とライブラリー、資料室を携えた本館の存在は頼もしい。[橋本啓子]


展示風景

2011/08/07(日)(SYNK)

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2011年09月01日号の
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