2022年12月01日号
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artscapeレビュー

2011年09月01日号のレビュー/プレビュー

メルラン・ニヤカム『タカセの夢』

会期:2011/08/10~2011/08/11

シアタートラム[東京都]

「スカパンファン」(SPAC[Shizuoka Performing Arts Center]の子どもたちの意)と名づけられた静岡の中高生が、フランスのコンテンポラリー・ダンスの振付家による作品を踊るというのが本作の趣向。SPAC(現在、宮城聰が芸術総監督を務める静岡県舞台芸術センター)の同様の企画として、飴屋法水演出『転校生』(2009)が記憶に新しい。『転校生』に感じたのは、本物の女子高生が女子高生を演じることの迫力と、女子高生の身体が眼の前で生きて演じることの生々しさであり、そこにしっかりと思い生命の感触をえたのだった。
 本作の場合、テーマとして掲げられているのは、子どもたちが「未来の希望を取り戻す」ことだという。このテーマに沿ってのことか、舞台上のダンスは躍動的であり、生き生きとして明るい。ただし、そこに溢れているのは『転校生』で感じた生命の感触とは似て非なる「ベタ」(キャラ的)な「子どもらしさ」に相違ない。それとともに「躍動的で生き生きとして明るい」と形容した子どもたちの振る舞いからは、カメルーン出身のフランスで活躍する振付家メルラン・ニヤカムによるところも多いのだろう、ややステレオタイプな「アフリカらしさ」も香ってくる。また、舞台演出のさまざまな批評性に富むアイディア(映像と生身のダンサーとが重なり混ざり合う試みや、音についての繊細なアプローチなど)から「現在のフランスのコンテンポラリー・ダンス」の「らしさ」が察知でき、それもベタといえばベタだ。ただし、その「ベタ」と「ベタ」を重ね合わせ、混ぜ合わせようとす試みは「メタ」的に映りもする。子どもたちの躍動性が「日本らしく」というより「アフリカらしく」見えたのは、その一例。とはいえ、そうした反省的な混ぜ合わせは、最終的に混沌と化し、渾然一体となっていった。中心的人物である男の子が舞台冒頭である少年に委ねられ、ずっと預かっていたトランクを開けると、中からドラムスティックが出てくる。ラストシーンは、そのスティックで子どもたちが床を叩き、リズムによって皆がひとつになってゆく。こうして最後に演出家は「ベタ」な「つながり」志向をあらわにした。とくに、カーテンコールの後に沖縄民謡が鳴りだし、観客を客席から舞台に連れ込むと、しばらくのあいだ、観客と出演者と演出家がカチャーシーの状態になって踊ったところで、それは極まった。
 たんにベタでもたんにメタでもない、メタ的な批評の高みに立つのでは満たされず、いわばメタな振る舞いをさらに批評するように、いまここにいる者同士の直接的な「つながり」へと演出家は舞台を開こうとしたわけだ。「ベタ」も「メタ」も「メタのメタとしてのベタ」も提示した本作は、きわめて批評的であり、ハイクオリティな舞台と言うべきかもしれない。けれども最後の「つながり」の熱が、諸々の出会い(重なり合い)によって生じたはずの出来事の細部(その矛盾や軋轢など)をうやむやにしているように見えたのも事実。だからただの「ベタ」にも思えてしまう。そんなところに「つながり」の開放感のみならず、「つながり」の袋小路状態も感じてしまった。

2011/08/11(木)(木村覚)

小谷元彦 展 幽体の知覚

会期:2011/07/22~2011/09/04

高松市美術館[香川県]

昨年に東京の森美術館で行なわれた個展を大幅に再構成した本展。東京展を見ていないのでその違いは知る由もないが、小谷の現時点での全貌を知るうえで、過不足のない内容に仕上がっていた。作品はほぼ年代順に並んでいたが、初期の作品はグロテスク趣味や様式性が強く、年代を経るにつれて超越性を喚起させる方向にシフトしていると感じた。年代に関わらず一貫しているのは造形の完成度に対する情熱で、細部まで一切の妥協を排したその制作態度には敬服せざるをえない。個人的には、展覧会のクライマックスを飾った「Hollow」シリーズと「インフェルノ」がひときわ印象深く、特に、滝の映像が360度周囲を包む「インフェルノ」をラストに配したのは大正解だったと思う。

2011/08/13(土)(小吹隆文)

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太田三郎「出石町の家」─戦後66年岡山空襲に寄せて─

会期:2011/08/01~2011/08/15

アートスペース油亀[岡山県]

第2次大戦をテーマにした「POST WAR」シリーズの新作展。テーマは岡山市が昭和20年6月29日に受けた大空襲で、今も市内に残る戦災跡を取材した切手状の作品をメインに、染色や人形を用いた作品、ダルマとこけしによるインスタレーション、体験者の証言映像など、バラエティ豊かな展示が見られた。会場の窓ガラスに防災用のテープ補強を施したり、アンティークの扇風機や家具を用いる演出も効果的で、ホワイトキューブの画廊で見るよりもリアリティがあった。会場は築約130年の古民家をそのままリユースした空間であり、戦災をくぐり抜けてきた建物という事実も説得力の一助となった。

2011/08/13(土)(小吹隆文)

視覚の実験室──モホイ=ナジ/イン・モーション

会期:2011/07/20~2011/09/04

京都国立近代美術館[京都府]

視覚芸術において20世紀前半ほど革新的な時代があっただろうか。本展は、美術家、写真家、グラフィック・デザイナー、そして教育者として変革の時代を駆け抜けた、モホイ=ナジ・ラースロー(1895-1946)の全貌を紹介するもの。モホイ=ナジは、1923年から1928年までのあいだにドイツのバウハウスで教育や出版企画に携わっていたことから機能主義デザイン思想家として、または彼自身の作品や人的交流を根拠に20世紀前半の前衛的芸術家として注目されることが多い。だが、彼の活動は特定の主義や様式からではなく、新しい時代(技術)にふさわしい、新しい視覚表現を探す過程として評価されるべきである。今日の私たちにとっては大して新しくもなく、個人的にはそれほど魅力的な作品とも思えないが、その意義を考えるとやはり感無量だ。国内外の美術館はもちろん、遺族所蔵のコレクションまで、未公開作品を含む、300余点が紹介されている。神奈川県立近代美術館に続く巡回展。[金相美]

2011/08/14日(日)(SYNK)

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松井紫朗 亀がアキレスに言ったこと──新しい世界の測定法

会期:2011/06/11~2011/08/28

豊田市美術館[愛知県]

点数こそ多くはないが、1980年代から現在までの作品がバランスよくピックアップされており、新作の巨大なバルーン作品のインパクトもあって、見応えのある展覧会に仕上がっていた。広大な展示室1に設営されたそのバルーン作品は、観客が中に入ることができ、内外の気圧差だけで膨らんでいるというから驚きだ。また、昨年の「あいちトリエンナーレ」出品作を想起させるフォルムにも懐かしさを覚えた。松井の作品には、彫刻の大前提である量塊性を疑ったり、表と裏や内と外が視点ごとに入れ替わるチューブ状の構造という特徴があるが、多様な作品が並ぶことで彼の仕事の一貫性が明示されたのも有意義であった。

2011/08/15(月)(小吹隆文)

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2011年09月01日号の
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