artscapeレビュー
2010年08月15日号のレビュー/プレビュー
田淵行男記念館20周年記念シンポジウム 田淵行男作品と今後の自然・山岳写真について
会期:2010/07/10
安曇野市穂高交流学習センター“みらい”多目的交流ホール[長野県]
自然写真・山岳写真を対象にした第3回田淵行男賞の受賞作品展(7月2日~27日)を開催中の安曇野市穂高交流学習センター“みらい”で、「田淵行男記念館20周年記念シンポジウム」が開催された。パネリストは写真家の水越武、宮崎学、海野和男、アサヒカメラ編集部の三島靖で、僕も司会を兼ねて参加した。パネリストが異口同音に口にしてしていたのは、ここ10年間のデジタル化の進展がもたらした多大な影響である。デジタルカメラやプリンター、インターネットなどの発達は、ハード面においてはかなり悪い条件でもシャープな画像を手に入れ、広く送受信することを可能にした。たしかに10年前ならば田淵行男賞に届いたかもしれない作品が、今回は入賞作の選からも漏れるというようなことも起こってきている。逆に技術的に横並びの写真が増えてくると、シリーズとしての編集能力や写真を支える「思想」や「哲学」の質が問われることになる。今回田淵行男賞を受賞した中島宏章(北海道)の「BAT TRIP」や準田淵行男賞の金子敦(長野県)の「オオムラサキとともに─共生地の記録から─」は、そのあたりの取組みの姿勢が明確だったということだろう。もうひとつ大きな話題になったのは、自然写真・山岳写真の発表の媒体が大きく変わりつつあるということだ。雑誌の休刊や廃刊が相次ぎ、写真集の発行部数も落ちている。そんななかでインターネットや電子出版が大きくクローズアップされているわけだが、それもまだどのような形で写真を見せていけばいいのか、またそこからどのように収入を生むのかは模索の段階にある。水越武は、逆に写真の原点に戻って、モノクロームのプリントをギャラリーなどで販売するという方向をより強く打ち出そうとしているという。だがこのような混乱は、考え方によってはアマチュアもプロも関係なく、新たな動きが形をとってくる可能性があるということではないだろうか。次回の田淵行男賞は5年後に予定されている。その時自然写真・山岳写真の世界がどんなふうに変わっているのかが、逆に楽しみだ。
2010/07/10(土)(飯沢耕太郎)
マン・レイ展
会期:2010/07/14~2010/09/13
国立新美術館[東京都]
出品点数400点以上という大回顧展。だが、比較的小さな写真が圧倒的多数を占め、絵画が少ないのが残念。それにしてもマン・レイって粋な洒落者だったんだねえ。
2010/07/13(火)(村田真)
ウィリアム・エグルストン「21th Century」
会期:2010/07/02~2010/08/04
白石コンテンポラリーアート[東京都]
原美術館に続いて、銭湯を改装したユニークな会場で知られる谷中の白石コンテンポラリーアートでも個展を開催したウィリアム・エグルストン。『美術手帖』(2010年5月号)でも特集が組まれ、時ならぬブームが来ているようだ。それはこの写真家の現実世界へのアプローチの微妙な角度が、いまの空気感にぴったりしているからではないだろうか。過度に感情的ではなく、かといって突き放したクールな描写でもない。居心地がよいようで、実はかなり不安定で怖い部分もある。その絶妙なバランス感覚は、今回の近作展でも充分に発揮されていた。作品を見ながら気づいたのは、かつてのような主題となる被写体が画面の中心におかれているのではなく、より希薄に分散する傾向が強まっていること。壁、窓、地面などが大きな割合を占めていて、何を狙ったのか判然としない写真がけっこう多い。だがそれが逆に写真につきまとう「ノスタルジア」を中和し、リアルな皮膚感覚を呼びさますことにつながっている。その徹底した事物の表層へのこだわりは、おそらく日本の若い写真家たちにも強い影響を及ぼしていくのではないだろうか。とはいえ、エグルストンはひとりいればいいわけで、むしろ別種の視覚的システムの構築をめざしていくべきだろう。
2010/07/13(火)(飯沢耕太郎)
長島有里枝「SWISS+」
会期:2010/07/02~2010/08/04
白石コンテンポラリーアート[東京都]
同じ白石コンテンポラリーアートの2F会場では、長島有里枝の新作展が開催されていた。「2007年に滞在したスイスのVillage Nomadeで撮影した花の写真とインスタレーションによる小さな展覧会」である。「インスタレーション」というのは、銀紙を壁に貼付けて「紙製の鏡」を作り出したもので、そこに観客の顔がぼんやりと映り、横に貼られたプリントと共鳴して面白い効果をあげていた。ほかにもゲルハルト・リヒターの写真が掲載された展覧会カタログに花をあしらった「リヒターの少女と野生の花」、祖母が遺した薔薇の写真をモチーフにした「祖母の花の写真とコンセントのインスタレーション」といった作品もあり、単純なスナップというよりも視覚的な体験の再構築という側面が強まってきている。そのことを、どのように評価していけばいいのかは、もう少し様子を見ないと分からないが、以前のストレートな長島の写真のスタイルとはかなり異質な印象を受けるのはたしかだ。『群像』に連載した作品をまとめた短編集『背中の記憶』(講談社、2009)を刊行するなど、仕事の幅が広がりつつある。今後は写真とテキストを重ね合わせるような試みも出てくるのではないだろうか。会場で先行販売されていた写真集『SWISS』(赤々舎)でも、滞在中の日記と写真とがコラボレーションされていた。同世代の蜷川実花などと比較すると、決して派手な動きではないが、着実に写真作家としての歩みを進めているということだろう。
2010/07/13(火)(飯沢耕太郎)
『桑沢スペース年報2009-10』
発行所:桑沢デザイン研究所
発行日:2010年7月13日
専門学校桑沢デザイン研究所は、ヴィジュアル、プロダクト、スペース、ファッションという四つのデザイン分野に分かれている。スペースデザインはそのひとつで、建築やインテリアを学ぶ学生が集まるが、本誌は年報という形で活動をまとめたものである。非売品であり学内でしかなかなか見ないが、そのクオリティが非常に高い。それもそのはず、編集アドバイザーにはフリックスタジオの磯達雄氏が加わっている。責任者は専任講師である大松俊紀氏。しかし、製作は「桑スペ製作実行委員会」の学生中心である。この冊子自体もひとつの作品となっているといえるだろう。卒業制作を紹介すると同時に、各課題での作品紹介や各講師の講義紹介にもなっている。いわゆる学校案内の枠を超え、それと雑誌等の中間的な位置づけになるような冊子であるのが興味深い。発展すれば、売っていてもおかしくないようなクオリティになるのではないかと思う。
2010/07/13(火)(松田達)