artscapeレビュー
2013年09月15日号のレビュー/プレビュー
アートに生きた女たち
会期:2013/05/25~2013/09/29
名古屋ボストン美術館[愛知県]
あいちトリエンナーレの内覧会の前に寄ってみる。美術史上、裸体画のモデルの9割は女性なのに、それを描く画家も、買うコレクターも9割は男だみたいなことをフェミニストが告発していたが、この展覧会はその少数派の女性画家にスポットを当てたもの。18世紀のヴィジェ・ルブランから、印象派のモリゾ、カサットを経て、20世紀のオキーフまで、陶磁器やジュエリーなども含めて79点が展示されている。ざっと見ると、19世紀までは作品に女性らしさは求められず、人物画ならモデルに女性や子どもが多く、静物画なら花か果物がほとんどであることから、かろうじて女性画家の手になることがわかる程度。モチーフが人物や風景に偏り、風景画や物語画が少なかったのは女性の活動が制限されていたからだろう。モチーフに性差がなくなり、逆に表現に性差が現われるのは20世紀に入ってからのこと。オキーフはその象徴といっていいだろう。同展はボストン美術館のコレクションだから最近の作品はないが、21世紀にはおそらく質量ともに女性画家のほうが上回ってるのではないか。
2013/08/09(金)(村田真)
あいちトリエンナーレ2013
会期:2013/08/10~2013/10/27
名古屋市美術館+納屋橋会場+長者町会場+愛知県芸術文化センター[愛知県]
3年前の第1回のテーマは「都市の祝祭」。テーマなき時代のテーマで、ただ都市に繰り広げられるアートを楽しもうという享楽的な姿勢が、ある程度成功していたように思う。で、第2回のテーマは「揺れる大地」。続いて「われわれはどこに立っているのか」「場所、記憶、そして復活」とあり、明快だ。しかしテーマが明快だと往々にして参加アーティストも観客もそれに縛られてしまう危険性がある。ひとつのテーマをアーティストが多様に解釈し、観客が展示全体をとおしてテーマを再浮上させるような展覧会が理想だけどね。結論から先にいうと、今回は建築家が多かったせいかテーマの解釈が明快で、わかりやすい作品が多かった。では見た順に記していこう。
名古屋市美術館
最初に訪れたのは名古屋市美術館。愛知芸文センターに並ぶメイン会場だが、出品作家はわずか5人。館内に入ろうとすると、裏口に案内される。裏口ではまだ作業してるおっさんがいて、顔を見ると建築家の青木淳さんではないですか。もちろん施工屋さんではなく、レッキとした出品作家のひとり。彼は美術館内に仮設物を置いたり、杉戸洋とともに半透明のカーテンを設けたりして、元の建築(黒川紀章設計)がどんなだったか思い出せないくらいリノベーションしてみせた。美術館に作品を置くのではなく、美術館を作品にしてしまったわけだ。ほかに目に止まったのは、1階のアルフレッド・ジャーの作品。暗い部屋の壁に黒板を何枚も掛け、そこに原爆投下直後の広島を描いた栗原貞子の詩「生ましめんかな」の文字を投射している。メッセージはともかく、黒板は新たなタブロー形式として使えそうだな。傾斜のあるサンクンガーデンには、青木野枝が円形の鉄板を組み合わせた彫刻を置いているのだが、そのうちの1点は大きめの円形に小さな円が二つついていて、ミッキーちゃんにクリソツ。意図的か偶然か。
納屋橋会場
巨大なボウリング場だった建物を改装したもので、内部は暗く迷路のように仕切っているせいか映像が多く、スルーしてしまう。片山真理はVIP用のゴージャスなバスルームに私的モチーフによるインスタレーションをして、見ごたえあり。これを3次元のセルフポートレートと見ることもできる。リチャード・ウィルソンはここが元ボウリング場だったことから、ボウリングレーンごと館外に突き出してくるインスタレーションを実現させたが、これはスベったかな。3階の巨大な部屋では名和晃平が、まるで氷山のような泡の山を発生させている。彼はしばしば動物の剥製に透明なガラス球をびっしり付着させるが、その透明な球だけを増殖させたかのようだ。ここにも青木野枝が、やはり円形の鉄板を数珠つなぎにした彫刻を出している。これも見方によれば、連続する円形の鉄板がころがっていくボウリングの球のシルエットに見えないこともない。意図的か、偶然か。
長者町会場
ぼくが小学生のころ、名古屋・中京地区は繊維産業が盛んな地域と習った。もう半世紀近く前の話だが、その繊維問屋街の空きスペースを利用して13組のアーティストが作品を展示している。元中部電力のビルを特撮のための「スタジオ・チューブ」と見立て、その内外にインスタレーションして回遊できるようにしたのはナデガタ・インスタント・パーティー。これは労作だ。リゴ23と横山裕一はビルの外壁に絵を展示し、ケーシー・ウォンは摩天楼の着ぐるみを身につけて世界中の名建築の前で撮影した写真を出品、今年の「アーツチャレンジ」にも屋台を出していた昭和オタクの菅沼朋香は、ビルの最上階を昭和モダンなお店に改造している。地下鉄伏見駅の地下街に、1点から見ると立体空間が立ち上がるトリッキーな壁画を制作したのは打開連合設計事務所。よくあるトリックアートだが、設計事務所だけに完成度は高い。
愛知芸術文化センター
最後はメイン会場の芸文センター。ここには美術館を中心に約30組が出品している。各作家ともだだっ広い展示室を与えられているため巨大な作品が多く、「揺れる大地」のテーマに沿った作品も集中している。建築家の宮本佳明は、福島第一原発の建屋がすっぽり芸文センターに収まることを知り、床や壁に建屋の原寸大の図面を描き、その一部を再現してみせた。これは圧巻、情緒に訴えるよりはるかに伝わってくる。また、天井が吹き飛んだ建屋に和風の屋根を載せる《福島第一原発神社》のマケットなども展示。崩壊中の建物を凍結したようなインスタレーションを発表したのはソ・ミンジョン。これは実在する名古屋市市政資料館の地下留置所をモデルに発泡スチロールで再現し、いったん壊して再構成しているらしい。アーノウト・ミックはダンボールで間仕切りを立て、その上のスクリーンに避難所で生活する被災者の映像を流している。どちらもあからさまな震災ネタだ。これと正反対なのがフィリップ・ラメットの写真。彼はビルの壁や海岸の岩場などさまざまなシチュエーションで「水平に立つ」セルフポートレートを撮っている。服の下に頑丈な支えを入れて撮影しているのだが、写真はすべて本人が垂直に立ってるように展示されるので、大地が90度ひっくり返ったように写ってる。「揺れる」どころか「ひっくり返る大地」。いずれにせよ「揺れる大地」というテーマが設定されているからこそ、こういうおバカ写真も笑って済ませられるのかもしれない。そろそろ震災や原発をネタにした作品には食傷気味なのも事実。
2013/08/09(金)(村田真)
原芳市「常世の虫」
会期:2013/07/31~2013/08/13
銀座ニコンサロン[東京都]
原芳市は昨年のサードディストリクトギャラリーでの個展に続いて、2013年3月に写真集『常世の虫』(蒼穹舎)を刊行した。今回の銀座ニコンサロンでの個展は、そこにおさめられた作品60点によるものである。
「常世の虫」というのは、『日本書紀』巻24の「皇極天皇3年(644年)」の項に記された宗教弾圧事件のことだ。大化の改新を翌年に控えたこの年、アゲハチョウの幼虫を「常世の虫」として拝み、踊り狂うという奇妙な教団が静岡に出現し、急速に勢力を伸ばした。当然、世を惑わす危険分子として彼らはすぐに鎮圧される。わずか12行あまりのこの文章に心惹かれた原は、虫と人間の営みを融通無碍に対比、並置させるような写真シリーズを制作することをもくろんだ。それが今回展示された「常世の虫」だ。
「人は死んで虫に化身するという伝説を聞きます。本当なのかもしれません。『常世の虫』を得たことで、ぼくは、とても、自由な気分を味わっているのです」。会場に掲げられたこのコメントを見てもわかるように、「常世の虫」では、虫たちと人間の世界とは、隣り合い、混じりあい、常に入れ替わっている。蟻や尺取り虫や蛾が大きくクローズアップされた写真の横には、生まれたばかりの赤ん坊や死に瀕した老婆の写真が並び、その合間に稲妻がひらめき、花火が打ち上がる。エロスとタナトス、ミクロコスモスとマクロコスモス、光と闇とがめまぐるしく交錯する原の作品世界は、だがゆったりとした安らぎを保っており、見る者はそこで深々と呼吸することができる。このシリーズは彼の代表作となるべき作品であるとともに、「私写真」の伝統を受け継いだ日本写真の最良の成果のひとつと言えるだろう。
2013/08/09(金)(飯沢耕太郎)
あいちトリエンナーレ2013開幕! ウェルカムパーティー
会期:2013/08/09
伏見地下街[愛知県]
プレス向けのあいちトリエンナーレ2013の内覧会を迎え、慌ただしい一日となった。午前中は、2時間をかけて愛知県美の10階と8階のプレスツアー、昼過ぎからは記者会見、16時から名古屋市美術館にてプレスツアーと、国際交流基金が招聘した海外キュレータのツアーの案内を行なう。そして18時30分からは、芸文センターの巨大吹抜けにて、全体のオープニング・レセプション。10階の関係者懇談会に出席してから、伏見のウェルカムパーティーへ。打開連合設計事務所が青く染めて、リノベーションを手がけた伏見地下街を使うイベントである。が、あまりに多くの人が集まり、その収容力を越え、急きょアートラボあいちも開放して、深夜までパーティーが続く。
2013/08/09(金)(五十嵐太郎)
第29回東川賞受賞作家作品展
会期:2013/08/10~2013/09/04
東川町文化ギャラリー[北海道]
1985年に北海道上川郡東川町でスタートした東川町国際写真フェスティバル(東川町フォトフェスタ)も、今年で29回目を迎えた。「写真の街」を宣言し、高校生の写真部員が集う「写真甲子園」も20回目になるなど、夏の北の大地を彩る恒例行事として完全に定着している。ほかにもポートフォリオレビュー、トーク、スライドショーなどの多彩な行事が繰り広げられた。
東川町文化ギャラリーでは、本年度も東川賞受賞者による作品展が開催された。海外作家賞は、多民族国家の社会状況を軽やかに指し示す連作を発表するマレーシアの女性写真家、ミンストレル・キュイク・チン・チェー。ほかに国内作家賞の川内倫子、新人作家賞の初沢亜利、北海道をテーマにした作品に与えられる特別作家賞の中藤毅彦、長年写真界に貢献した写真家に与えられる飛騨野数右衛門賞の山田實の作品が展示された。いつものように、まったく作風も経歴も違う写真家たちの作品の展示だが、不思議とバランスがとれているように感じるのが興味深い。また、1950年代から沖縄の庶民の暮らしを記録し続けてきた山田實のような、あまりじっくり見る機会のない写真家の代表作が並んでいるのも嬉しい。晴れがましい賞にはそれほど縁がなさそうな写真家たち(今回で言えば初沢亜利や中藤毅彦がそうだ)にきちんと目配りしているのが東川賞の特徴であり、彼らの作品を受賞作家作品展で見るだけでも、わざわざこの街まで足を運ぶ価値があるのではないだろうか。
僕自身は「赤レンガ公開ポートフォリオオーディション2013」の審査員を務めた。同オーディションの審査も今年で3回目になるが、毎回力作が寄せられる。今年グランプリをダブル受賞した青木陽、堀井ヒロツグの作品のレベルの高さは、特筆に値するものだった。
8月10日の夜は、ビールを手にジンギスカンに舌鼓を打ちながら、受賞者、ゲスト、ボランティア、観客などが一堂に会する「ミーティングプレイス」で大いに盛り上がった。フォトフェスタは、多くの写真関係者の出会いと交流の場としても大事な役割を果たしている。
2013/08/10(土)(飯沢耕太郎)