artscapeレビュー
2019年05月15日号のレビュー/プレビュー
シャルル=フランソワ・ドービニー展
会期:2019/04/20~2019/06/30
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館[東京都]
大きな声では言いたくないけど、高校生のころ、ドービニーが好きだった。同じバルビゾン派でもコローやミレーよりも好きだった。ルソーやディアズは問題外だった。似たような絵なのにドービニーだけ好きになったのは、いちばん自然に見えたからだ。なぜ自然に見えたかというと、ひとつには横長の画面が多かったからだ。もともと既製のキャンバスにはF、P、Mの3種類あって(正方形のSは除外)、それぞれFigure(人物)、Paysage(風景)、Marine(海景)のモチーフに適しているが、ドービニーのキャンバスの大半はPかMあたりで、Mよりもさらに横長の、縦横比が1:2くらいの画面も珍しくない。風景はたいてい横に広がるので、ドービニーのように単純に横長のほうが自然に見えるのだ(両目が横に並んでいるのは風景が横に広がっているからだ)。
もうひとつは描き方の違い。コローやミレーのように人物や動物がわざとらしく描かれておらず、色彩や筆触も抑制されて、ルソーやディアズみたいな売り絵のような安っぽさがなかったからだ。この差は微妙なところで、言葉で言い表すのが難しい。今回は最初の部屋にこれらバルビゾン派の作品が出ているので(小品ばかりだが)、比べてみることができる。その結果なんとなくわかったのは、ほかのバルビゾン派の画家たちが興味あるのは「人間」であるのに対し、ドービニーが興味あるのは「自然」だということ。もう少し詳しくいうと、バルビゾン派が自然より人間のほうが大きい(自然<人間)と考えるのに対し、ドービニーは人間を自然のなかの小さな存在にすぎない(自然>人間)と考えているのではないか。これがおそらく、ドービニーの絵が「自然」に見える理由だと思う。
2019/04/21(日)(村田真)
若だんさんと御いんきょさん『時の崖』
会期:2019/04/19~2019/04/21
studio seedbox[京都府]
安部公房の『時の崖』という同じ戯曲に対して、3人の演出家がそれぞれ演出した一人芝居×3本を連続上演する好企画。シンプルに提示した合田団地(努力クラブ)、抽象的かつ俳優の身体性に比重を置いた和田ながら(したため)、競争社会への批判的メッセージを読み込んで具現化した田村哲男、という対照的な3本が並んだ。
「負けちゃいられねえよなあ……」という台詞で始まる『時の崖』は、「試合前、プレッシャーをはねのけるようにしゃべり続けるボクサーのモノローグ」として始まる。減量の辛さをぼやき、おみくじの結果に一喜一憂し、赤い靴下を新調して縁起をかつぎ、早朝のロードワークに始まる毎日のトレーニングメニューの詳細を述べ立てる。試合に負けることへの不安と自意識過剰気味の自信、ハイとロウの両極を不安定に揺れ動く、人格が分裂したかのようなモノローグ。だが、「こんど負けたら、ランキング落ちだからなあ」という台詞に続く試合場面では、「一つランクを上がるたびに5人の相手をつぶしているわけだから、チャンピオンは50人のボクサーをつぶした勘定になる。やりきれんな、つぶされる50人のほうになるのは」「1人でも他人を追い越そうと思えば、これくらいのこと(きついトレーニングと自己管理の徹底)はしなくっちゃね」といった独白が続き、「落ち目のランキング・ボクサーのぼやき」のかたちを借りた競争原理社会への批判が根底にあることがわかってくる。
1本目を演出した合田団地は、解釈や手を極力加えず、素舞台に俳優の身体のみでシンプルに提示。だが、自暴自棄になった叫びは、自意識過剰気味のダメさや退行性を露呈させ、紙一重の笑いを誘う点に持ち味が光る。一方、2本目を演出した和田は、「おれ」という一人称でしゃべるボクサーにあえて女優を起用。畳みかけるようなモノローグの饒舌さとは裏腹に立ったその場から動けない、発話内容と無関係に突発的に前のめりにつんのめる、といった拘束性や負荷によって俳優の身体性を前景化し、戯曲内容から距離を取って提示した。その手つきは、戯曲を抽象化しつつ、身体運動によって補強する。例えば、「7位から8位……8位から9位……」とランキング落ちを数える場面では、俳優の身体は壁際へと後退していく。4ラウンドでダウンされ、「変だな……自分が2人になったみたいだな」と呟く場面では、照明が壁に影=分身を投げかける。その輪郭をそっと撫でながら、「食事制限も、酒もタバコも、やりそこなったことを、すっかり取り返してやるんだ」と言うラストシーンは、犠牲にして葬ってきたもうひとりの自分への慰撫や和解を思わせ、試合に負けてボクサーは辞めるかもしれないが、「これからの人生は自分自身と向き合って生きていくのでは」というポジティブな余韻を感じさせた。
一方、3本目を演出した田村哲男は、戯曲に込められたメッセージを抽出してリテラルに具現化。俳優はビジネススーツを着込んだ中年男性であり、「勝負の世界に生きるボクサー」の独白は、「激しい競争社会のなかで疲弊するサラリーマン」のそれと二重写しになる。ここで重要な役割を果たすのが「字幕」の存在だ。冒頭、「正社員のポストを用意しました。即戦力として期待しています」と背後で告げる字幕は、派遣もしくは契約社員から「這い上がった」彼が、より過酷な競争に晒される状況を示唆する。また、試合場面では、「右から行け」「もたもたするな」「ジャブが大きすぎるぞ」といったセコンドの指示が響くのだが、背後の字幕は「もっと数字を上げろ」と言う上司の叱責にパラフレーズされる。「正社員」という単語や字幕が女性口調であることは、正規/非正規の格差競争や女性の社会進出など、50年前に書かれた戯曲との時代差を示唆する。また、床に白いテープで引かれた四角い境界線は、シンプルながら四重、五重の意味を担って秀逸だ。それは、文字通りにはボクシングのリングであり、会社の仕事机の領域であり、舞台/客席を分ける境界線であり、鼓舞と自嘲を行き来するモノローグ=彼の内的世界の領域であり、同時にそこから出られない檻や結界でもある。ダウンされてマットに沈み、「4年と6カ月か……結局、元のところへ逆戻りだ」と呟き、「頭が痛くて破裂しそうだ」とうめくラストは、「正社員」からの転落、さらには過労死を暗示して終わる、苦い幕切れとなった。
戯曲のシンプルな提示に始まり、抽象化して距離を取る手続きによって解釈の幅を広げて作品世界に膨らみをもたせたあと、ひとつの方向に凝縮させて明確に具現化する。3本の上演順も効いていた。安部公房の作品は著作権が切れていないため、上演に際して一切カットできない。そうした制約にもかかわらず、いや編集や改変ができないからこそかえって、ひとつの戯曲が演出次第で可塑的に変形することが如実に示され、演出家の指向性とともに、戯曲の持つ潜在的な多面性を引き出すことに貢献していた。改変の禁止に加えて、「一人芝居」という形式のシンプルさも大きい。
だが最後に、『時の崖』は「メタ演劇論」としても読める戯曲であることを指摘したい。台詞にはシャドウボクシングの言及が多いが、相手が「いる」と仮定し、仮想の相手の動きを予測しつつ、ひとりでパンチを繰り出すシャドウボクシングは、「モノローグ」という形式と合致する。また試合中に聞こえる動きの指示は、戯曲では「セコンド」とは明記されず、ただ「声」とのみ記されている。姿は見せず、声だけで動きを指示し、強制し、束縛し続ける存在は、絶対的な声として振る舞う演出家を想起させる。したがって『時の崖』は、ボクサー=俳優、「声」=演出家という解釈も可能だ。「演出家」という存在にスポットを当て、「演出とは何か」を問う企画だからこそ、メタ演劇として『時の崖』を上演する演出も見たかったし、あってしかるべきではなかっただろうか。
2019/04/21(日)(高嶋慈)
クリムト展 ウィーンと日本 1900
会期:2019/04/23~2019/07/10
東京都美術館[東京都]
なぜかこの時期、同展以外にも国立新美術館で「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」展、目黒区美術館で「世紀末ウィーンのグラフィック」展と、クリムトを中心とする展覧会が立て続けに開かれている。クリムトは1918年に没したから、没後100年ということで昨年ぶつかるならまだわかるが、なんで1年遅れの春に重ねてくるのか。と思ったら、今年が「日本オーストリア友好150周年」だからだと編集者に指摘された。なるほど。それにしても「オーストリア」といえば「ウィーン世紀末」しか思い浮かばないのか。どうせなら全部まとめて1本にしてくれれば見るほうとしては楽だったのに。もちろんそこは大人の事情というものがあるわけで、むしろ同時期に開かれるので掛け持ちで見られて便利かもしれない、と前向きに考えとこう。
3展それぞれテーマが異なるが、同展はおもにクリムトの生涯と日本美術との関係を紹介するもの。目玉は、ウィーン世紀末芸術を象徴する作品といっても過言ではない《ユディトI》。立体的に表現された肉体と、金箔を多用したフラットな背景の対比にクリムト芸術の特徴がよく表われているし、日本美術からの影響も明らかだ。《女ともだちI(姉妹たち)》や《女の三世代》も日本絵画の影響か、空間構成が絶妙だし、豊田市美術館所蔵の《オイゲニア・プリマフェージの肖像》は、荒々しくも華やかな色彩が印象的。《アッター湖畔のカンマー城III》《丘の見える庭の風景》などの正方形の風景画も見逃せない。とはいえ、同時代作家の作品も多く、やっぱり数の限られた作品を3展が奪い合ったせいか(しかもオーストリアでは国宝級なのでおいそれと貸してくれない)、物足りなさは否めない。残りの2展もハシゴするか。
2019/04/22(月)(村田真)
ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道
会期:2019/04/24~2019/08/05
国立新美術館[東京都]
今年は日本とオーストリアの国交150周年を迎えることなどから、19世紀末ウィーンや当時を代表する画家グスタフ・クリムトに関する展覧会が、各所で相次いで開催されている。本展もそのひとつなのだが、私が本展に注目した理由は、絵画だけでなく工芸、建築、インテリア、ファッション、グラフィックデザインなども展示されているからだ。クリムトやエゴン・シーレの絵画はもちろん見応えがあったが、本稿ではあえて絵画以外の分野について触れたい。
19世紀末ウィーンに台頭した芸術運動の一派といえば、クリムト率いる若手芸術家らが結成したウィーン分離派である。それまでの保守的なウィーン造形芸術家組合に不満を抱いていた彼らが目指したのは、美術市場から独立した展覧会を開催すること、他国の芸術家らとの交流を深め、絵画や建築、工芸などの垣根を越えて、芸術全体を統一することだった。さらにウィーン分離派のメンバーだった建築家のヨーゼフ・ホフマンとデザイナーのコロマン・モーザーを中心に、1903年にウィーン工房が設立される。ユダヤ人富裕層をパトロンにつけ、彼らはギルド組織を築いたのだ。一方、ウィーン分離派に参加しつつ、近代建築の先駆者となったのが、建築家のオットー・ヴァーグナーである。彼はさまざまな国家的プロジェクトに携わり、ウィーンの街並みを一新し、またホフマンら後継者を育てた。
こうした歴史的背景のなかで、まず興味深く鑑賞したのが、ウィーン分離派展ポスターや同機関紙『ヴェル・サクルム』に見られるグラフィックデザインである。色数は限られているが、大胆な構成に、レタリングされた文字、後のアールデコにも通じる幾何学的な装飾などは、現代においても遜色ない。
またウィーン工房に関する展示も興味深かった。ウィーン工房は英国のアーツ・アンド・クラフツ運動の思想に影響を受けたと言われるが、実はほかにも着想源があった。それは1800年代前半のウィーン市民に浸透した、「ビーダーマイアー」と呼ばれる生活様式だ。当時、急激な都市化と政治的抑圧が強く、それに対する反動として人々が心地良い生活空間を求めた結果、豪華絢爛な貴族趣味ではない、シンプルで軽やかな生活道具が生まれたのである。このビーダーマイアーのテーブルウエアや家具が実に良かった。何と言うか、日本の民藝運動の「用の美」にも通じる健やかさを感じたのである。ウィーンの近代史をしっかりと辿りながら、こうしたさまざまな背景や副産物を知り得たことが収穫だった。
公式サイト:https://artexhibition.jp/wienmodern2019/
2019/04/23(火)(杉江あこ)
FERMENTATION TOURISM NIPPON
会期:2019/04/26~2019/07/08
d47 MUSEUM[東京都]
「発酵デザイナー」という肩書きがインパクトある小倉ヒラクは、以前からずっと気になる人物だった。もともと、彼はグラフィックデザイナーとしてキャリアを始めたのにもかかわらず、あるときから東京農業大学で研究生として発酵学を学んだという異色の経歴の持ち主である。現在は「見えない発酵菌のはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとともに、発酵や微生物をテーマにしたプロジェクトに数々携わっている。そんな小倉がキュレーターを務める展覧会と知り、私は開催前から大変楽しみにしていた。
いざ観てみて、彼の底力を改めて思い知った。d47 MUSEUMは、毎回あるひとつのテーマに基づいて、全国47都道府県の産品を画一的に展示するスタイルを通している。しかし、小倉はその展示スタイルすらも変えてしまった。彼が行なったカテゴライズは、「海の発酵」「山の発酵」「島の発酵」「街の発酵」という地理的要素に基づいていた。そのなかで全国47都道府県の産品を展示していくことには変わりはなかったが、さらに「種類が被らないこと」「ルーツに忠実なこと」「現場に行くこと」といったルールを自らに課し、非常にマニアックなローカル発酵食品を揃えるに至ったのである。正直、実際に私が口にしたことのある発酵食品は10点もあるかないか、か。聞いたことも見たこともない発酵食品が大半を占めた。小倉はこの日本全国の発酵食品を巡る旅を8カ月かけてこなしたという。彼が旅先で感じた言葉、訪ねた景色や人々の写真に会場はぐるりと囲まれ、まさに彼の旅を追体験するような展示構成となっていた。
本展を何よりすごいと思ったのは、一部、発酵食品の匂いを嗅げるようになっていた点である。というのも、発酵食品に欠かせないのは匂いだからだ。この点を小倉はよくわかっている。しかも私が鑑賞したのは会期初日だったため、それほど感じなかったが、会期中、その匂いは日に日に増してくる。展覧会として、これは前代未聞の挑戦と言っていいだろう。一次産業と二次産業をまたぐ発酵食品は、日本の土着産業のひとつである。日本を俯瞰するのに、これほど相応しいものはないのかもしれない。芳しい発酵食品を通して、連綿と続いてきた日本人の暮らしの一端を垣間見ることができる。
公式サイト:http://www.hikarie8.com/d47museum/2018/11/fermentation-tourism-nippon.shtml
2019/04/26(金)(杉江あこ)