2019年07月15日号
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artscapeレビュー

安世鴻「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」

2012年08月15日号

会期:2012/06/26~2012/07/09

新宿ニコンサロン[東京都]

すでに報道されているとおり、名古屋で活動している韓国人写真家、安世鴻(アン・セホン)の「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」については、その開催を巡ってさまざまな問題が湧き上がった。2012年1月に、ニコンサロンの写真展選考委員会で開催が決定していたにもかかわらず、5月22日に「諸般の事情で写真展を中止したい」という申し出がニコンサロン側から同展実行委員会にあった。それに対して実行委員会が東京地方裁判所に提出した仮処分申請が、6月22日に認められ、写真展は一転して予定通り開催されることになった。6月25日には、竹内万里子が一連の経緯を踏まえて選考委員を辞任するなど、その余波はさらにこの先も続きそうだ。
ドキュメンタリー写真を巡って、この種の問題が起きるのは珍しいことではない。写真は社会的、政治的な立場の違いによって、まったく異なる解釈を引き起こすことがあるからだ。だからこそ、写真の発表においては「オープンネス」(公開性、開放性)が原則となるべきだと思う。歪めたり、包み隠したりすることなく、逆にさまざまな解釈の余地を残しつつ、責任を持って提示・公開していくということだ。もし、何かしら軋轢や問題が生じたならば、その時点で当事者が粘り強く解決していくしかない。その点において、この「オープンネス」の原則を自ら放棄してしまったニコンサロン側の対応は、やはりまずかったと言うべきだろう。
筆者はちょうど展覧会のオープニングの時期に日本にいなかったので、7月3日にようやく展示を見ることができた。その時点では、ガードマンによる所持品検査などはあったものの、会場の雰囲気はほぼ静穏だった。裁判所の決定に従うという消極的なかたちではあったが、展覧会が開催され、落ちついた雰囲気で写真を見ることができたのはよかったと思う。
安は1996年から「慰安婦」の問題についての取材を開始し、この中国在住の女性たち(80歳代後半から90歳代)の写真は、2001年から05年にかけて撮影した。労作であり、その真面目な撮影の姿勢は、一枚一枚の写真に強い説得力を与えている。やや気になったのは、プロジェクト全体についての解説はあるが、それぞれの写真についてはキャプションが一切省かれていることだ。この種のドキュメンタリーでは、写真ですべてを語らせようというのは無理があるし、むしろ危険でもある。個々の女性たちの肉声と、それに対する安自身のメッセージを、会場にきちんと掲げるべきではなかっただろうか。

2012/07/03(火)(飯沢耕太郎)

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