artscapeレビュー

金川晋吾「father 2009.04.10-2012.04.09」

2012年08月15日号

会期:2012/07/17~2012/08/02

ガーディアン・ガーデン[東京都]

とても重要な、長く語り継がれていく展覧会になりそうな予感がする。金川晋吾の「father」シリーズは、これまでも断片的には発表されてきたのだが、今回初めて、まとまったかたちでの展示が実現した。会場に入ると、壁にかなり大きく引き伸ばされた写真が10数枚展示され、中央のテーブルには、3冊のポートフォリオ・ブックが置かれている。そこに写っているのは、すべてひとりの中年男を正面から顔を中心に撮影したポートレートで、言うまでもなくそれが金川自身の「father」である。
彼の父親には「蒸発癖」があり、そのために仕事も家も失って、いまは生活保護を受けてアパートでひとり暮らしをしている。2009年4月、金川は父親に35ミリフィルム入りのコンパクトカメラを渡し「毎日父自身の顔を撮影するように」と頼んだ。なぜそんなプロジェクトを始めようとしたのか、金川自身にもよくわかっていないようだが、父親と自分との関係をポートレートの撮影を通じて確認したいという思いがあったのではないだろうか。父親は意外に勤勉に彼の頼みを実行してくれた。こうして、カメラを持った手を延ばして自分の顔にレンズを向けて撮影された3年分のセルフポートレートが蓄積していったわけだ。
テーブルに置かれた、2009年~10年、2010年~11年、2011年~12年の3冊のブックのページをめくっていくと、じわじわとなんとも言いようのない感情(むしろ恐怖感といってもよい)がこみ上げてくる。そこに写っている父親の表情は異様なほどに均質だ。淡々と、生真面目な表情でシャッターを切り続けている。時々空白のページがあるが、それは「行方をくらませていたために写真が撮られていない時期」ということのようだ。それ以外のすべてのカットに、なんら積極的なメッセージを発することもなく、無表情な男の顔、顔、顔が写り込んでいるのだ。
それでも、ページをめくっていてまったく飽きるということはない。何も起こらないことを予感しつつ、写真を見続け、見終えたときに、誰しも「人間とは奇妙な生きものだ」という感慨を抱くのではないだろうか。考えてみれば、味も知らぬ他人の顔をこれだけ大量に見続けるという経験は、これまでも、これから先もあまりないかもしれない。頭にこびりついてしまった、金川の父親の顔のイメージ、今後はそれを抱え込んでいかなければならないのだが、それがあまり重荷には感じられないのはなぜだろうか。閉じているようで開いている、不思議としか言いようのない写真群だ。

2012/07/18(水)(飯沢耕太郎)

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