artscapeレビュー
2016年01月15日号のレビュー/プレビュー
角屋のもてなし展
会期:2015/09/15~2015/12/15
角屋のもてなしの文化美術館[京都府]
角屋の建物は、現存する唯一の揚屋建築として重要文化財に指定されている。揚屋とは江戸時代の遊郭のなかで高級遊女をよんで遊んだ場所、現在の料亭にあたる。角屋の歴史は天正年間、豊臣秀吉の治世にまで遡るというが、現存する建築物の一部は島原が六条三筋町から現在の場所に写された寛永18(1641)年頃の築ということだから、350年程前の建築ということになる。新撰組の組員が斬りつけた刀傷の残る柱、与謝蕪村の《紅白梅図屏風》をはじめ円山応挙や石田幽汀の襖絵など、館内に残された痕跡や遺物が角屋の歴史を物語っている。大座敷から眺める中庭には国貞や広重も描いたという松の木と3棟もの茶室があり、揚屋が絵師や茶人らが集う文化交流の場でもあったことが伺える。また、天井や建具、壁面の仕上げ等、それぞれに趣向をこらした客室は華やかな酒宴の雰囲気をいまに伝えている。
饗応、すなわち酒を振る舞って人をもてなすことをテーマにした今回の秋季企画展には、おもに江戸時代の盃や膳、絵画や書跡が出品されている。なかにはオランダ伝来のカットガラスの杯や蓋物、太夫の衣裳や三味線といった逸品もある。角屋伝来の献立帳には、料理の順番や内容だけでなく、使った食器、床の間の掛け物などが記録されているという。饗応の奥義をみる思いがした。[平光睦子]
2015/12/13(日)(SYNK)
新国立競技場コンペ案
[東京都]
新国立競技場のコンペ案が発表されたことで、多くのメディアからコメントを依頼された。同日としては、個人的に過去最高数の記録となったが、それだけ国民の関心が集まっているのだろう。ただし、6月から7月にかけて、ザハ・ハディド案を擁護したかったときは、なぜか全然声をかけられなかった。そもそもザハ外しは論理的に説明がつかず、おかしかったこと、本来はコンペだから、彼らの修正案=C案に加え、D案、E案……があるべきだったことを指摘したうえで、二案について感想を述べた。拘束具がついた厳しい状態ながら、各建築家の個性をよく出し、想像以上に健闘していたと思う。が、やはり時代を先に進めるような革新的なものは難しかった。仕切り直しコンペの要項において、日本らしさや木の使用が要請されたせいもあるが、弥生=隈研吾/縄文=伊東豊雄の反復のようにも見える。ただし、今回、日本的なものをめぐる建築の言説は盛り上がってない。
2015/12/14(月)(五十嵐太郎)
女子美染織コレクション展 Part5 KATAZOME
会期:2015/11/14~2015/12/20
女子美アートミュージアム[神奈川県]
旧カネボウコレクションを含む女子美染織コレクションから、型染めに関する資料と女子美における染織教育の系譜に関わる人びとの仕事を紹介する企画。4章に分かれた展示の第1章は「型紙」。錐彫り、道具彫り、突き彫りなどの技法による多様な文様の型紙が出品されている。第2章は「型染め」。型紙を用いた微細な文様の小紋染めは、遠目にはほとんど灰色の布にしか見えない。それにもかかわらず超絶的な文様の型紙をつくり、それを用いて丁寧に布を染める技術のあり方やそれを求めた人々の粋の感覚にはため息が出る。この章では琉球紅型も紹介されているが、それは第3章の「民芸と女子美の型染め」へとつながる。民藝運動に関わった染色作家・芹沢銈介が紅型に影響を受けたことは知られているが、芹沢は女子美術大学工芸科設立時のメンバーとして1960年3月まで工芸科で学生を指導している。このほか芹沢門下の小島悳次郎の作品と型紙、女子美学長も務めた柚木沙弥郎のタペストリーなど、女子美卒あるいは女子美で教鞭をとる作家たちの型染め作品が紹介されているほか、第4章では注染技法による作品も出品されており、型染めと型染めを応用した技法と女子美教育との関連が示される。
というように企画テーマとしては「型染め」の展覧会なのだが、個人的な興味からどうしても「型紙」に関心が向かってしまう。筆者が型紙に関心を抱いたのは、明治期に海外に輸出された使用済みの型紙がジャポニスムの美術・工芸品に与えた影響を探った展覧会「KATAGAMI Style」展(2012年、三菱一号館美術館ほか )がきっかけ。型紙は本来は染めのために用いられる道具であるが、文様が彫り込まれた渋紙はそれ自体がグラフィックデザインとしてもとても魅力的なのだ。このとき出品されていた型紙には突き彫りによる比較的大柄な文様が多かった記憶があるが(これは西欧で工芸デザインのモチーフとして用いられた図案の紹介が中心だったからだと思う)、女子美染織コレクションの型紙は、技法としては錐彫り(刃先が半円状の刀で開けた小さな丸穴を連ねて文様を表現する)と道具彫り(特定の文様の形につくられた刀を用いる)による超絶的な意匠が中心。江戸中期から後期にかけての型紙コレクション308点から40点が、今回の展覧会のために特注したというライトテーブルに、文様の種類ごとに分けて見やすく展示されている。このディスプレイもすばらしい。いずれこの方法で型紙だけの展覧会も開催してほしいほどだ。
ロビー会場には造形作家であり女子美術大学名誉教授の髙橋英子先生の型紙コレクションが展示されており、こちらもすばらしいものばかりであった。髙橋先生によれば、これらは20年程前に廃業する染物屋さんから入手したもの。退職後に少しずつ整理をはじめて、今回ようやくまとまった展示にこぎ着けたのだという。アクリルパネルに挟んで天井から吊った型紙と、めくって見ることができるように束ねた型紙とで、500点以上を出品したという。こちらは、錐彫りや道具彫り以外に突き彫りの型紙も多数あり、またその意匠も伝統的なものからモダンなものまでじつに多種多彩。着物文化の歴史を証言する貴重な資料である。[新川徳彦]
2015/12/14(月)(SYNK)
松井利夫展
会期:2015/12/15~2015/12/20
ギャラリー恵風[京都府]
会場には茶碗が11点。それらはどれも岩のような異形の外観を持ち、うち9点の見込み(内側)には漆が塗られていた。作品は2系統に分けられる。8点は、京都大学構内で見つかった弥生時代の水田遺跡を掘り下げて縄文時代の地層から粘土を採取し、同志社女子大学構内の平安時代の邸宅跡遺跡の柱穴に詰め込んで型を取り、野焼きしたものだ。残る3点は、角砂糖を積み上げて型を取り、窯で焼いたものである。見込みに漆を塗ったのは、水漏れ防止という実用的な理由もあるが、縄文土器には同様の事例が多々あるという考古学の常識(しかし一般的にはさほど知られていない)に基づいている。松井はこれまでも、中古陶磁器を再焼成してよみがえらせる「サイネンショー」や、小豆島の石と醤油でやきものを作るなど、コンセプチュアルな作陶を行ってきた。今回の新作も、彼らしい意外性に富んだチャレンジだった。
2015/12/15(火)(小吹隆文)
Utsuwa et utsushi/うつわ と うつし
会期:2015/12/03~2015/12/20
京都芸術センター[京都府]
パリ日本文化館で2015年1月に開催された展覧会「Ustuwa et utsuahi」の帰国報告展。「『うつわ(器)』と『うつし(写)』うつろいゆく形の生命:モノのかたちの霊的伝播をめぐる新たなパラダイムにむけて」をテーマに、大西宏志、大舩真言、岡本光博、近藤髙弘ら4人の作品が展示された。映像から陶芸までそれぞれ作品の分野は異なるが、空虚(うつつ)を運ぶ容器である器、器によって移されること、複写、移動、映写、継承、交換、さらには取得や憑依まで、いずれも「うつる」「うつす」という本展のテーマを表わす作品である。
大西宏志の作品《Shrine Fish Lumiére》では、小さな厨子のなか置かれた小さなモニターにルイ・リュミエール製作の世界初の実写映画《工場の出口》が映し出されている。近藤髙弘の作品《Reduction》では、等身大に近い大きさの陶器の座像には顔がなくぽっかりと口をあけうつろな空洞をみせている。大舩真言の作品《Reflection field#3》では、窓からの光のなかに佇む小さな岩石が周囲に虚の空間をつくり出している。岡本光博の、ルイ・ヴィトンのモノグラムをモチーフにした一連の作品はパリの展覧会でも展示できなかったという、いわくつきの作品だ。そういえばこの作品は、2010年に神戸ファッション美術館で開催された「ファッション綺譚」展でも会期中に撤去を余儀なくされて話題となった。本展では「虚」というとらえがたいものに耽ってきたが、生々しい問題と結びつくこの作品で「現」の世界へと一気に連れ戻される思いがした。[平光睦子]
2015/12/15(火)(SYNK)