artscapeレビュー
2016年01月15日号のレビュー/プレビュー
プラド美術館展──スペイン宮廷 美への情熱
会期:2015/10/10~2016/01/31
三菱一号館美術館[東京都]
チラシを見てもパッとしないし、始まって1カ月半も経つのに評判も聞かないのでスルーしようかと思ったけど、やっぱり腐ってもプラド、たとえカスでも見る価値はあるだろうと思い直し、朝早く出かける。さすがに日曜日は東京駅周辺も静かちゃんだが、館内に入るとこれがけっこう混んでるんだな。会場をざっと半分くらい見て、いつになく小品が多いことに気づく。海外から借りる場合、運搬の事情で小品が多くなるのは仕方ないけど、今回は本格的に小さい。ベラスケスのコピーとおぼしきスペイン王妃のミニアチュールなど、わずか7.3×5.3センチしかない。もちろん小さけりゃ悪いってもんじゃなく、たとえばイタリア時代のエル・グレコの小品や、ルーベンス自身の手になる習作などは、弟子の筆の入った大味な大作よりはるかに魅力的だ。もうひとつ見どころは額縁。昔ながらの額縁がそのまま使われているものが多く、とくに初期フランドルの油彩画には画面と額縁が一体化しているものがあって興味深い。個々の作品では、晩年のティツィアーノの特徴が出ている《十字架を担うキリスト》、義父を描いたベラスケスの初期の肖像画とヴィラ・メディチの風景画、十字架が折り重なる迷宮画のような作者不詳の《自らの十字架を引き受けるキリスト教徒の魂》、自ギャグ(自虐的ギャグ)を感じさせるダーフィット・テニールス2世の《猿の画家》と《猿の彫刻家》、小品を組み合わせた動物図鑑のようなヤン・ファン・ケッセルの《アジア》、18世紀末の熱気球を描いたジョン・フランシス・リゴーの《3人の花形空中旅行者》、ジャポニスムもあらわな19世紀のマリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサスの《日本式広間にいる画家の子供たち》など、見るべきものは多い。
2015/12/27(日)(村田真)
桜井里香「岸辺のアルバム」
会期:2015/12/22~2016/12/29
新宿ニコンサロン[東京都]
とても面白い写真展だった。桜井里香は1964年、東京生まれ。88年に東京綜合写真専門学校研究科を卒業し、89年に個展「遊歩都市」(ミノルタフォトスペース新宿)を開催した。都市光景の中に自分自身を写し込んだこのシリーズは、女性写真家の新たな自己主張のあらわれとして注目され、「第2回期待される若手写真家20人展」(パルコギャラリー、1990年)や「私という未知へ向かって──現代女性セルフポートレート展」(東京都写真美術館)でも展示された。だが、その後長く、写真作品を発表できない時期が続く。ようやく制作を再開したのは2013年頃で、それが今回の個展開催にまでつながった。
今回の「岸辺のアルバム」もセルフポートレートのシリーズである。山田太一の脚本によるテレビドラマ「岸辺のアルバム」(1977年)の舞台になった多摩川流域を撮影場所に選び、そこに彼女自身を登場させている。かつての軽やかな若い女性像と比較すると、50代を迎えつつあるサングラス姿の彼女は、やや異様で、場違いな雰囲気を醸し出している。だが逆に、そのズレが効果的なスパイスとして働いていて、日々の出来事を新たな角度から見直すことができた。そこにはカヌー体験教室、いかだレース、マラソン大会などのイベント、コーラスの練習、青空フラダンス教室のような地域コミュニティーの活動だけでなく、ゲリラ豪雨や川火事、川崎中学生殺害事件の現場など非日常的な状況も写り込んでいる。デジタルカラープリント特有のフラットで、細やかな描写によって、絶妙な距離感で捉えられたそれらの眺めは、セルフポートレートという仕掛けを組み込むことで、「社会的風景」として批評的に再構築されているのだ。
まずは、かつての「期待される若手写真家」が、鮮やかに復活を遂げたことを祝福したい。このシリーズは、もう少し続けてみてもよさそうだ。
2015/12/28(月)(飯沢耕太郎)
杉浦非水・翠子展──同情(たましい)から生まれた絵画と歌
会期:2015/10/24~2016/01/11
白根記念渋谷区郷土博物館・文学館[東京都]
杉浦非水の作品はもちろん何度も見たことがある。展覧会にも足を運んでいる。にもかかわらず、恥ずかしながら非水の人間的側面はほとんど知らなかった。なぜだろう。おそらく非水の仕事が個人の作品として評価されるばかりではなく、それらが余りにも時代を象徴しているがゆえに描かれた風景・人・ものと同時代の社会や文化との関わりで語られ、提示されることが多いからではないだろうか。地下鉄開通や三越のポスターなど、非水の名前を知らずとも見たことがある人はたくさんいるに違いない。という勉強不足の言い訳はさておき、本展はデザイナー・杉浦非水(1876~1965)と歌人・翠子(1885~1960)夫妻のふたりの世界に焦点を当てた展覧会。「同情」とは、非水が結婚前に翠子に宛てた手紙に書かれた言葉。明治35年12月24日には「僕は君の同情者君は僕の同情者互に同情の先端が相触れてこゝに誠の情焔が燃え上がりこゝに縁の火花が散る……」とある。なんと情熱的なことか。展示ではふたりの生い立ち、出会いと結婚からはじまり、図案家・非水と歌人・翠子のそれぞれの仕事、そして非水が装幀した翠子の歌集や小説、非水が画を描き翠子が短歌を認めた掛け軸や色紙などが紹介される。本展が渋谷区の郷土博物館で開催されたのは、非水・翠子夫妻が明治39年以来渋谷区に住んでいたから。残されている写真を見ると、夫妻がその作品でのみならず、自らがモダンな都市生活の実践者であったことがわかる。本展図録には解説解題、作品画像のみならず、夫妻が交わした書簡の書き下しも多数収録されており、基礎的な文献として充実の内容。非水の作品集の横に置いておこう。[新川徳彦]
2016/01/11(月)(SYNK)
カタログ&ブックス│2016年1月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
デザインの種
眼と手の感覚、紙が連れてくる風景、かたちへの意識、色に潜む政治性などめぐって浮かび上がる、デザインの過去・現在・未来。たがいの批評精神が触発しあい、15年にわたって持続した対話の集成。[出版社サイトより]
現代建築家コンセプト・シリーズ21 小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt | 背後にあるもの 先にあるもの
小嶋一浩と赤松佳珠子(CAt)がこの10年の間に手がけてきた建築作品の考え方を12のキーワードに分解し、その「背後にあるもの 先にあるもの」を浮かび上がらせていきます。バイリンガル。[出版社サイトより]
世界のかわいいきのこデザイン
印刷物にみるキュートなきのこワールド! レトロな松茸狩り案内書から椎茸弁当の包み紙、切手、レターセットやポストカード、紙ナプキン…… きのこの見方がちょっと変わる!? 世界中で愛されている、ペーパー・マッシュルーム コレクション![出版社サイトより]
現代アートの本当の楽しみ方 表現の可能性を見つけにいこう
現代アートに関わる人々が、これから現代アートを学びたいと考えている方にもわかるようにやさしく、丁寧に答えていきます。しりあがり寿×日比野克彦、遠藤水城×五野井郁夫の対談を収録![出版社サイトより]
物を作って生きるには
本書は、物を作ることによって生活を立てているMakerによるエッセイおよびインタビュー集です。登場するMakerが作る物は、エレクトロニクスキット、家具、玩具、さらにハッカーのための共有スペースまで幅広く、その目的や規模もさまざまです。しかし、共通しているのは、自分に一番適したやり方を自分の頭で考え抜き、そのアイデアを実際に手を動かして実現していること。[出版社サイトより]
被爆70周年 ヒロシマを見つめる三部作 第3部 ふぞろいなハーモニー
2016年3月6日まで、広島市現代美術館で開催中の同展のカタログ。4人のキュレータの論考と作品解説を掲載。
写真の映像 写真をめぐる隠喩のアルバム
世界言語としての写真という記号をめぐる事典――黎明期からデジタルメディア時代まで、アルファベット順に55項目のキーワードで写真作品(ニエプス〜アーバス)を読み解く。数々の写真論(ベンヤミン〜クレーリー)の引証を交えつつ、〈映像=表象〉をめぐる隠喩の星座がもつ写真史的布置を浮かび上がらせる、光と影のアルバム。【芸術論叢書】第3回配本。[出版社サイトより]
薬草の博物誌―森野旧薬園と江戸の植物図譜―
本書は、この江戸時代に遡り、人々の薬草、植物に寄せる探究心や愛着を、それぞれ精緻な観察眼で描かれた様々な植物図譜と、江戸における植物相が今もそのまま残る日本最古の私設薬草園、森野旧薬園(奈良県宇陀市)とその創設者、森野賽郭が描いた1003種を収める「松山本草」をとおして色鮮やかに表現しようとするものである。[出版社サイトより]
『安楽島』、『休日映画 2009 - 2014』
2005年創設の映像レーベルSOL CHORDから発行されているDVDシリーズの第9、10弾。『安楽島』は崩壊した家族に他人が入ることで、関係を回復していく物語をシネマ・ヴェリテの手法で撮った作品。『休日映画』は2009年から2014年まで、休日に撮影した作家の家族の記録をその時々のマスメディアの報道を挿入しながら編集し、ネット上で公開してきた作品。
2016/01/14(artscape編集部)
第3回超連結クリエイション
会期:2016/01/24
京都芸術劇場 studio21[京都府]
今月の推薦公演は、私がディレクターを務めているBONUSの第3回超連結クリエイションにします。BONUSは2014年の7月にサイトをスタートさせた「ダンスを作るためのプラットフォーム」です。批評の活動だけが自分の仕事なのかと自問自答した結果、「作る」ことにコミットして二年目になります。多様な活動があるのですが、なかでもBONUSの中心になっているのは「連結クリエイション」と名付けた、作家たちにテーマに基づいた制作を依頼するプロジェクトです。第1回は『雨に唄えば』、第2回は『牧神の午後』を取り上げ、ダンスに限らず、美術や演劇の分野の作家たちに人類の歴史的遺産を解釈してもらいました。第3回はちょっと角度を変えてテーマを「障害(者)とダンスを連結させて映像のダンスを制作してください」としました。「映像のダンス」という依頼については、今回はあまり重視しないことになり、イベント当日は、調査・研究を重ねたその成果報告が中心になる予定です。参加作家は、砂連尾理、塚原悠也(contact Gonzo)、野上絹代(FAIFAI)の3名。また、砂連尾さんのチームでは東京大学の教員で『リハビリの夜』(医学書院、2009)の著者として知られる熊谷晋一郎さんやYCAM、野上さんのチームでは多摩美術大学の教員でクリエイターの菅俊一さんはじめ、舞台美術で活躍する佐々木文美さんらが協力してくださっており、多種多様な知恵の集う場になることでしょう。昨年8月の研究会でも調査報告してもらった伊藤亜紗さんにコメンテイターを、石谷治寛さん、古後奈緒子さんにはゲスト・コメンテイターをお願いしております。濃密な「未来のダンス」を発見する場になるかと思います。入場は無料。ただし、事前に予約してもらえると助かります。
2016/01/14(木)(木村覚)