artscapeレビュー

大﨑のぶゆき「マルチプルライティング」

2017年04月15日号

会期:2017/03/28~2017/04/22

ギャラリーほそかわ[大阪府]

絵具で描画されたイメージが溶け出し、おぞましくも美しく崩壊していく映像作品。一見何も描かれていない白いキャンバスだが、下地の上に特殊調合したエマルジョン塗料でイメージが描かれ、経年変化による黄変によって潜在的な像が未来において結像する「見えない絵画」。それらの傍らに置かれた円形の鏡の作品《観測者》は、刻々と変わる「現在」の相をその表面に映し出す。
大﨑のぶゆきの本個展において、いずれも問題となっているのは、「表面」とその複数性(表面の物質的な同一性とイメージの現われの複数性)であり、「絵画」というメディウムに不可逆的な時間性と現象性を導入することで、それは映像的な皮膜へと近づいていく。大﨑の関心はおそらく、「過去/現在/未来」という時間のあり方とともに、メディウムの差異とその撹乱にある。描画が溶け出す映像作品《untitled album photo 2017-01》は、何かの行事の記念に撮られた、晴れ着を着て自宅の傍に立つ男の子のスナップ、つまり「写真」を下敷きにしている。つまりその描かれたイメージは、「写真」を原資としつつ、描画材の流出という操作を仕掛けることで、イメージが変容/消滅する時間性を胚胎させている。像の輪郭がぼやけ、曖昧に溶けだしていく様子は、時とともに薄れゆく記憶のプロセスの追体験を思わせるとともに、個人の生のかけがえのない一瞬が、匿名的で交換可能な「記念写真」「家族スナップ」の集合的な性質へと溶解していく過程も想起させる。一方、溶け出した絵画をスチルとして撮影した写真作品も制作されている(変容/消滅へと向かう時間の流れの一時停止)。また、上述の「見えない絵画」は、数十年後、100年後の未来において徐々に像が現われるものであり、可視化すなわち「現像」までの時間が極端に引き伸ばされた「ネガ」であると言えるだろう。このように、いずれの作品も、絵画/写真/映像という媒体の性質を互いに含み持つことで区分を無効化し、判断を宙吊りにしてしまう。
本個展は、これまで個別のシリーズとして発表されてきた大﨑の試みに新たな試みを加えて編集的な視点から見せるものであり、複数のシリーズの並置によって、メディウムが相互浸透する界面と時間の関わりに大﨑の関心軸があることを示していた。

2017/03/28(火)(高嶋慈)

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