artscapeレビュー

戦時下東京のこどもたち

2017年04月15日号

会期:2017/03/07~2017/05/07

江戸東京博物館[東京都]

戦時中の庶民の暮らしを紹介する企画展。約160点あまりの資料によって、戦時下の東京の生活様式を振り返った。
同類の企画展は数多く催されてきたが、本展の独自性は実在する当時の子どもたちを展示構成の中心に置いた点である。ヤヨイさん、アキヒロくん、タケシくん、ケイコさん、モトコさん、Sさん、ケイスケくん、マサノリくん、レイさん、ミチコさん。いずれも東京で生まれ、あるいは育ち、空襲や集団疎開の経験をもつ方々だ。興味深いのは、彼らの個人史や言葉が資料に織り交ぜられたことで、基本的には何も物語ることのない資料に、ある種の奥行きを感じることができた点である。聞こえるはずのない声が聞こえ、見えるはずのないイメージが見えた、ような気がする。「物」と「人」は決して切り分けられるわけではなく、双方が分かちがたく結びつけられていることを象徴的に物語る展観だった。
とりわけ印象深いのが、風船爆弾の製造。風船爆弾とは、気球で吊り上げた爆弾を風船のように大空に飛ばすことで防空ないしはアメリカ本土への攻撃を試みる兵器で、極秘作戦として秘密裏に製造されていたようだ。展示された資料は、いずれも廃棄処分を命じられていたため、本来であれば現存しない、きわめて貴重なものである。レイさんは、14歳の秋(1944年)、東京宝塚劇場にあった風船爆弾気球製造工場に動員され、他の女学生とともに気球部分の断片を貼り合わせる作業に従事していた。驚くべきことに、この気球は直径10メートル、しかもすべて和紙を3層ないしは4層に貼り合わせたものだったという。記録写真を見ると、空気を充満させた巨大な気球を両手で押さえている女学生たちが小さく写っている。
文字どおり手作業の集団制作による巨大な風船爆弾。そこには制空権を失ったあとも、自分たちの暮らしを守るために、やむにやまれず知恵を絞り、力を尽くした当時の人々の切実な必要性を見出すことができた。この後、東京大空襲で甚大な被害を被ったことを考えると、その蟷螂の斧のような振る舞いには悲しみがよりいっそう募る。だがその一方で、レイさんという個人を中心にまとめられた資料と対面したせいか、そこには「戦争」や「平和」という論理には回収しえない、ものつくりの熱情が感じ取れたのも事実である。それは、善悪の彼岸にある、もしかしたら美術にも通底しているかもしれない、人間の根源的な欲動に由来しているのではなかったか。

2017/04/08(土)(福住廉)

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