artscapeレビュー
フォトジャーナリスト 長倉洋海の眼 地を這い、未来へ駆ける
2017年04月15日号
会期:2017/03/25~2017/05/14
東京都写真美術館地下1階展示室[東京都]
展覧会のメイン会場の手前のスペースに、1981年、長倉洋海が勤めていた通信社に辞表を出してから1年あまりのあいだに、フリーのフォトジャーナリストとして撮影した写真が展示してあった。「世界を揺るがすような一枚」を求めて、ローデシア(現・ジンバブエ)、ソマリア、パレスチナ、カンボジアなどを駆け回って撮影した写真群だが、結果的には思ったようには撮れなかった。通信社や新聞社の後ろ盾なしで紛争地を取材することへの限界を感じた彼は、根本的にやり方を変えることにする。そうやって、1982年に現地に5カ月間滞在して撮影したのが、今回の展示の最初のパートに置かれた「エルサルバドル」のシリーズである。
内戦下の人々の生と死を直視したこのシリーズが、長倉にもたらしたものはとても大きかったのではないだろうか、「じっくり腰を落ち着けて」ひとつの場所に留まり、「自分のための写真」ではなく「人々の思いが感じられる写真」を目指すようになる。また、たまたま難民キャンプで出会った少女、へスースの写真をきっかけにして、一人の人物を長期間にわたって撮り続ける方法論も見出すことができた。それまでにないスタイルで写真を世に問うていく「フォトジャーナリスト」、長倉洋海の誕生は、やはりこのシリーズがきっかけであったことを、あらためて確認することができた。
それ以後の長倉の写真家としての揺るぎのない軌跡は、本展に展示された約170点(スライド上映も含めると300点以上)の作品が物語っている。このところ、その活動にはさらに加速がついてきたようで、展覧会の開催にあわせて、同名のカタログとともに、未來社から全5巻の写真集シリーズ『長倉洋海写真集 Hiromi Nagakura』も刊行された。昨今の不透明な時代状況のなかで、「フォトジャーナリスト」の志を保ち続けるのには、想像以上の困難がつきまとうのではないだろうか。だが、一貫してポジティブな眼差しで撮影された彼の写真群を見ていると、少しは「希望」や「未来」を信じたくなってくる。
2017/03/31(金)(飯沢耕太郎)