artscapeレビュー

2012年06月15日号のレビュー/プレビュー

サイモン・ロディア《ワッツ・タワー》

[アメリカ ロサンゼルス]

竣工:1954年

前回、UCLAの知人にロサンゼルスを案内してもらったとき、治安が悪いために、このエリアには行きたくないと拒否されたが、今回は念願のワッツ・タワーを見学することができた。建築の素養がない男が長い年月をかけてひとりでつくり上げたセルフビルドの塔の群は、白黒の写真でよく見ていたせいか、思っていた以上にカラフルである。そして彫刻的な外部だけだと思っていたが、足元にも装飾的な空間が存在していた。先がすぼまったプランを見ると、全体が船として構想されていたこともよくわかる。なお、現地はすでにだいぶ観光地化しており、日中はそれほど危険な雰囲気はなかった。

2012/05/06(日)(五十嵐太郎)

杉本博司「ハダカから被服へ」

会期:2012/03/31~2012/07/01

原美術館[東京都]

杉本博司の最近の展覧会には、基本的にキュレーターは必要ない。彼自身が展覧会のコンセプトを決め、作品を選び、展示を構成・レイアウトし、解説を書くことができるからだ。アーティストとしてのレベルの高さは言うまでもないことだが、彼のキュレーターとしての卓越した能力も特筆すべきだろう。
今回の「ハダカから被服へ」展でも、その手際の鮮やかさを堂々と見せつけていた。「なぜ私達人間は服を着るのだろう?」という問題設定に対して、自作と彼自身のコレクション、自らデザインを手がけた文楽人形や能の衣裳などを会場に散りばめて見事に解答を導き出している。中心になっているのは20世紀を代現するシャネル、サンローラン、スキャパレリ、クレージュ、さらに山本耀司、三宅一生、川久保玲などのファッションの名作を、黒バック、モノクロームで撮影した「スタイアライズド・スカルプチャー」のシリーズ。そこではタイトルが示すように、衣服があたかも彫刻(あるいは建築)のようなフォルムを強調して撮影されており、杉本らしい緻密で周到な画面構成力を見ることができる。1階の「近代被服のブランド化」のパートから、2階の「和製ブランドの殴り込み的パリコレ登場」のパートへと、視点を切り替えて観客を誘う展示構成も鮮やかなものだ。
ただ、このような啓蒙的、優等生的なキュレーションの展示を見続けていると、いささか胃にもたれてくるのも否定できない。写真、アート、建築、ファッション等々、あらゆるジャンルを杉本流の史観と美意識で裁断できるのはよくわかった。「で、そこから先は?」と、無い物ねだりをしてみたい気分にもなってくる。むしろ解答不可能な問いかけの前で、彼が立ちすくんでいる姿を見てみたいなどとも思ってしまうのだ。

2012/05/08(火)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00016894.json s 10032891

芸術家の肖像~写真で見る19世紀、20世紀フランスの芸術家たち

会期:2012/04/14~2012/06/24

三鷹市美術ギャラリー[東京都]

どちらかといえば渋い、地味な印象の展覧会だが、写真や美術に関心のある鑑賞者にとっては、とても興味をそそられる展示なのではないだろうか。出品されているのはフランスのコレクターが長年にわたって蒐集したという、画家、彫刻家を中心にしたアーティストたちの肖像写真群である。アングル、ドラクロアから、マネ、セザンヌ、ルノワール、ロダンなどの巨匠のポートレートがずらりと並び、マティスやブランクーシの写真に至る。詩人のシャルル・ボードレールや女優のサラ・ベルナールの肖像も含めて、19世紀~20世紀のフランスの錚々たる文化人たちが、こんな顔をしていたのだということがリアルに見えてくること自体が、なかなかの見物といえるだろう。
それに加えて、写真におけるポートレートというジャンルができあがってくるプロセスが、くっきりと浮かび上がってくるのが興味深い。いかにも型にはまったウジェーヌ・ディスデリの1850年代の名刺判写真(カルト・ド・ヴィジット)から、ナダールやエティアンヌ・カルジャの堂々たる古典的な構図の肖像を経て、ドルナックやエドモン・ベナールのアトリエの環境とモデルとの関係のあり方を緻密に測定・定着した作品まで、19世紀フランスの肖像写真の歴史は、写真という表現媒体の受容と発展の経緯を示す見事なサンプルでもある。それにしても、ここに写っているアーティストたちの姿かたちは妙に生々しい。画家や彫刻家たちの生身の身体から発するオーラが、写真家たちによって捕獲され、これらの写真のなかに封じ込められているようにも見えてくる。最近の「芸術家の肖像」では、なかなかこうはいかないのではないだろうか。

2012/05/09(水)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00016850.json s 10032892

土田ヒロミ「BERLIN」

会期:2012/05/09~2012/05/22

銀座ニコンサロン[東京都]

土田ヒロミは昨年11月に写真集『BERLIN』(平凡社)を刊行した。1983年、まだ“壁”の崩壊前に撮影したモノクロームのベルリンの写真に、1999~2000年に撮影し、写真集『THE BERLIN WALL』(メディアファクトリー、2001)にまとめたカラー写真群、さらに2009年にカラーとモノクロームで新たに撮影し直した写真群を加えた、三層構造の写真集だ。「見える壁と見えない壁の間に流れゆく時間」を、定点観測の手法を駆使して捉え切った力作である。その『BERLIN』の写真群が、「ニコンサロン特別展」として展示された(6月28日~7月11日に大阪ニコンサロンに巡回)。あらためてこのシリーズの意味と厚みを問い直すのに、ふさわしい機会になったと思う。
写真集を見たときにも感じたのだが、このシリーズでは、いつもの土田の明快な二分法的なコンセプトが影を潜めている。1983年、1999~2000年、2009年という、ベルリンを撮影した3つの時間、モノクロームとカラー、やや引き気味の建築写真と街頭の人々にカメラを向けたスナップショット──これらの異質な要素を、あえてシャッフルして無秩序に投げ出しているように見えるのだ。そのかなり混乱した印象を与える展示のレイアウトは、土田の現時点での世界観、歴史観をストレートに反映しているのではないだろうか。むろん、このシリーズは完結したわけではなく、これから先も続いていくはずだ。土田の『BERLIN』が、今後どんなふうに生成・変質していくのか、よくわからないだけに逆に楽しみだ。

2012/05/09(水)(飯沢耕太郎)

プレビュー:ゆらめきとけゆく──児玉靖枝×中西哲治展

会期:2012/06/16~2012/07/13

京都芸術センター[京都府]

ベテラン作家と若手作家とが向き合い、互いに触発し合うことから、現代美術の抱える問題を提起するという「新incubation」の第4回目。今回は児玉靖枝と、2011年に京都市立芸術大学を卒業した中西哲治の作品が展示される。静謐の時間のなかに立ち現われるような、存在の気配を感じさせる児玉の絵画に対し、力強いストロークで描かれる鮮やかな色彩と絵の具の濃厚な質感が印象的な中西の作品。描く対象やアプローチは異なるが、二人の作家はともに深い空間のなかにゆらめく気配を引き出そうとしている。展覧会初日のアーティスト・トークをはじめ、7月7日には中西哲治と厚地朋子(美術作家)、7月8日には児玉靖枝×木下長宏(美術史家)の対談も開催される。

2012/05/13(日)(酒井千穂)

2012年06月15日号の
artscapeレビュー