2021年11月15日号
次回12月1日更新予定

artscapeレビュー

2014年11月15日号のレビュー/プレビュー

黄金町バザール2014

会期:2014/08/01~2014/11/03

日ノ出町・黄金町界隈[神奈川県]

黄金町の文化的活性化を目指して2008年からスタートした、ヨコトリの連携プログラムのひとつ。今回は「仮想のコミュニティ・アジア」をテーマに、内外38組のアーティストが参加している。今日は午前11時からキュレータの原万希子さんとともに作品を見て回るツアーに参加する予定だったが、台風接近のため中止となり、室内で解説を聞く。作品を見る前に解説は聞きたくなかったけど、せっかくだから聞いてみた。なわけで、今回のぼくのテーマは「解説を聞いてから見るのと聞かないで見るのとでは作品がどのように違って見えるか」。まず、解説を聞かなきゃ理解できなかったものに、インドネシアの民主化運動のプチ記念館をつくったヤヤ・スン、ベトナムで人気のサトウキビジュースのキャラクターのルーツをリサーチしたライヤー・ベンらの作品がある。これらはその国の歴史や社会を知らなければ作品だけ見てもチンプンカンプンだ。次に、解説を聞こうが聞くまいがたいして変わらないものに、廃車やカラスの剥製などを組み合わせてインスタレーションしたフィリピンのポール・モンドック、黄金町で活動するイケメンの画家、彫刻家、写真家たちを仮想描写し、彼らとロールプレイングゲームを展開する木村了子らの作品がある。モンドックの作品には説明不能な不気味さがあるので、解説がなくても見ればわかる(見なければわからない)し、木村はコンセプトもプレゼンも明快なので解説がなくても伝わるからだ。逆に、解説はおもしろそうだったのに期待はずれだったのが、勇気のないライオンと知恵のないカカシと心のないブリキの木こりの着ぐるみを交換していくという、日中韓のアーティストによる西京人、さまざまな意味や象徴性をもつ「馬が近づいてくる音」を表現した地主麻衣子らの作品だ。これらは解説だけ聞くと最高におもしろそうだったが、期待を膨らませすぎたせいか実際の作品とのあいだにギャップが生じた。最後に、解説を聞かないほうがよかったものに、当初のプランが実現できず、結果的になにもない空っぽのスタジオを公開することになった太湯雅晴の作品がある。いや、この場合「作品がない」というべきか。これは彼の沈黙による抗議の意思表明であるかもしれないが、そんな裏事情を払拭するほど空っぽのスタジオはインパクトがあった。結論、やっぱ作品を見る前に解説を聞かないほうがいい。

2014/10/05(日)(村田真)

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立木義浩「迷路」

会期:2014/10/03~2014/11/03

Bギャラリー[東京都]

1937年生まれの立木義浩の同世代の写真家たち、たとえば淺井愼平や操上和美には、ある共通性がある。彼らのメイングラウンドは広告や雑誌の仕事なのだが、それとは別に切れ味のいいスナップショットをずっと撮り続けていることだ。これは一つには、日々の仕事の中ですり減ってしまう写真家としての感性に磨きをかける「眼の鍛錬」ということだろう。だがそれだけではなく、この世代の写真家たちにとっては、カメラを携えて街に出て、眼前の光景をスナップするという行為そのものが目的化しているようにも思う。より若い世代の写真家なら、そうやって得られたスナップショットを、再構築して作品化することを考えそうだが、彼らは多くの場合そうしない。街で採集されたイメージは、そのまま惜しげもなくまき散らされる。今回、新宿・Bギャラリーで展示された立木の「迷路」もまさにそんな作品だった。
会場に並んでいる40点の写真を見ると、とても健やかでポジティブな「見ること」の歓びがあふれているのがわかる。テーマ的にはかなり多彩な場面なのだが、立木が常に関心を抱いているのは、人のふるまい(多くは無意識的な)なのではないだろうか。それこそ、スナップショットの醍醐味というべきで、街中で捉えられた断片的な身振りの集積が、現実世界に対する肯定的なメッセージとして伝わってくる。以前から、立木の写真は何を撮っても「美しく」見えてくる所があったが、その傾向は70歳代を迎えてさらに強まっているようだ。
なお、展覧会に合わせて同ギャラリーから5分冊の写真集『Yoshihiro Tatsuki 1~5』が発売されている。

2014/10/07(火)(飯沢耕太郎)

ヴィヴィアン・サッセン「PIKIN SLEE」/「LEXICON」

会期:2014/10/04~2014/11/30

G/P galley、G/P+g3/ gallery[東京都]

ヴィヴィアン・サッセンは1972年、オランダ・アムステルダム出身の写真家。主にファッション写真の領域で活動してきたのだが、今回、東京・恵比寿のG/P galleyと東雲のG/P+g3/ galleryで同時期に開催された個展を見て、なかなかユニークな作風の写真作家であることがわかった。
「PIKIN SLEE」は南米のスリナムで、「LEXICON」はアフリカ各地で撮影した写真が並んでいるが、むろん単純なドキュメンタリーではない。被写体は人物、風景、オブジェなど多岐にわたるが、日常的な場面に目を向けつつ、微かなズレを鋭敏にキャッチしている。両方のシリーズとも、あからさまにエスニックな要素やコロニアリズムの残滓に目を向けているわけではない。だが、巧みな切り取りと画面構成によって、苛酷な生の状況を浮かび上がらせているのだ。たとえば「LEXICON」には棺や墓場のイメージが頻出するが、死体を正面から撮影することはなく、暗示的にそれを想像させるように観客を導いていく。
サッセンはいま資生堂化粧品の広報誌『花椿』の表紙撮影を担当している。日本の少女たちをモデルとする表紙は、それはそれでとても面白いのだが、「PIKIN SLEE」や「LEXICON」を見ていると、この手法で日本のフォークロア(祭礼や儀式など)を撮影したらどうなるのだろうかと考えてしまう。もし実現したら、日本の若い写真家たちにとっても刺激的な作品になるのではないだろうか。なお、展覧会にあわせて写真集『LEXICON』(G/P galley+アートビートパブリッシャーズ)が刊行されている。

「PIKIN SLEE」 2014年10月4日〜11月30日 G/P galley
「LEXICON」 2014年10月4日〜11月29日 G/P+g3/ gallery

2014/10/08(水)(飯沢耕太郎)

アレキサンダー・グロンスキー

会期:2014/09/06~2014/11/15

YUKA TSURUNO GALLERY[東京都]

アレキサンダー・グロンスキーは1980年、エストニア・タリン生まれの写真家。今回の展示は、2000年代以降にロシア写真の「ニュー・ウェーブ」の旗手として国際的な注目を集める彼の日本での初個展になる。
グロンスキーはもともとフォト・ジャーナリストとして活動していたが、2008年頃からよりパーソナルな視点の風景写真に転向し、アートの領域で注目されるようになった。広大な大地にぽつりぽつりと点在する建築物や人間の姿を、距離をとってクールに描き出し、人間の営みを環境の側から照らし出していく視点は、1980年代以降のヨーロッパやアメリカの写真家によく見られる傾向である。いわば遅れてきた「ニューカラー」、あるいは「ベッヒャー派」といえるだろう。とはいえ、氷に穴を穿ったプール(ロシア正教の洗礼の場所)やダイナマイトの空き箱が散らばった鉱山など、ロシア以外にはおよそ考えられないようなシーンも的確に押さえており、とてもバランスのとれた作品として成立していた。
今回の展示は「less than one」(1平方キロに1人以下という人口密度の低い地域のドキュメント)、「the edge」(モスクワ郊外の雪景色)、「pastoral」(モスクワと田舎の中間領域の風景)の3シリーズから抜粋された10点である。やや同傾向の作品ばかりが揃った印象があるが、今後はさらに多様なアプローチを展開できそうな可能性を感じる。グロンスキーに続くロシアの若手写真家たちの展示もぜひ見てみたい。なお、展覧会にあわせて、写真集『LESS THAN ONE』(TYCOON BOOKS)が刊行されている。

2014/10/08(水)(飯沢耕太郎)

みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2014 山をひらく

会期:2014/09/20~2014/10/19

文翔館、山形まなび館、旧西村写真館、東北芸術工科大学キャンパス、やまがた藝術学舎、香味庵まるはち[山形県]

文翔館は、正面のトラフのもうひとつのサッカー場に始まり、アートよりも、わりとデザイン的な作品が多い。地図が不親切で、探すのに苦労した旧西村写真館の会場は、近代建築そのものがおもしろかった。今回、山形市にいろいろ残っている小さな近代建築を見ることもでき、それも街なかアート展開の副産物である。

山形まなび館では、地元新聞社と連携した俳句と漫画のプロジェクトを展示していた。ここではビエンナーレの別企画として、山形市所蔵美術品展「名品撰」も開催していた。市が各施設で展示している山形ゆかりの作家の絵画を集めて展示するというもの。真下慶治、片岡球子らの24作品である。せっかくだからビエンナーレと連動して、もっといい空間で展示したらよいと感じた。

東北芸工大の会場では、三瀬夏之介らの「東北画は可能か?」の展覧会と、大学院のアトリエ公開を行なう。前者は、山形ビエンナーレにおいて一番印象に残ったプロジェクトである。迫力のある巨大な作品群、東北リサーチをもとにした共同制作の絵などが展示されていた。彼らは、「可能か?」という問いを継続しながら、水や山などの東北的な要素を拾い上げつつも、固定した様式に収束しない多様性をめざす。

写真(上から):
山形まなび館
文翔館前に設置されたトラフによるもうひとつのサッカー場
旧西村写真館


「東北画は可能か?」会場風景

2014/10/08(水)(五十嵐太郎)

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