artscapeレビュー
2017年01月15日号のレビュー/プレビュー
世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画
会期:2016/11/16~2017/01/09
サントリー美術館[東京都]
日本に初めて西洋画がもたらされたのは16世紀のことだが、江戸時代になると鎖国政策により幕末まで西洋画は途絶えてしまう。そんななかで細々と西洋画に挑んだのが江戸の平賀源内であり、彼に導かれて洋風画を学んだ秋田藩士の小田野直武、および秋田藩主の佐竹曙山らであった。今回はその小田野を中心とする秋田蘭画を紹介するもの。彼らは西洋画を目指したものの、道具も情報もないなかで悪戦苦闘したため、日本の風物を日本の画材で西洋風に描く「洋風画」にとどまった。これがなにやらチグハグな和洋折衷で、そこが最大の魅力だったりする。具体的には遠近法や陰影などを採り入れ、近景の木の幹や枝を大きく配す構図が特徴だが、こうした技法が幕末の高橋由一や五姓田義松らによる油絵に受け継がれ、日本の近代絵画の基礎が固められていったのだ。洋風表現の系譜をたどると、いまの日本人の美意識にもつながっているようでおもしろい。
2016/12/25(日)(村田真)
東京凸凹地形─地形から見た東京の今昔─
会期:2016/11/26~2017/02/12
東京都立中央図書館[東京都]
ちょっと調べものがあって訪れた図書館でやっていた展覧会。デジタル標高地形図や微地形模型、あるいは浮世絵に描かれた名所風景などで、東京がいかに起伏に富んだ土地であるかを教えてくれる。特に山の手と下町は文字どおり低地の下町に山の手が迫るかたちをしていて、東京が東西で完全に2分化されてること、そして、水位が5メートル上がるだけで東京23区のおよそ半分が水没することがわかる。でも地形図には反映されてないけど、都心はビルなどの建造物に覆われているので、2階以上の建物は無数の小島となって水面から顔を出すはず。ちょっと見てみたい光景ではある。
2016/12/27(火)(村田真)
林典子『ヤズディの祈り』
発行:赤々舎
発行日:2016/12/31
ヤズディはイラク北部の山岳地帯に住む少数民族。ゾロアスター教、イスラム教、ミトラ教、キリスト教などを起源とする、孔雀天使を守護神とする独特の信仰を持ち、その伝統的な慣習を守りながら暮らしてきた。ところが、近年のイスラム原理主義の台頭で、迫害を受けて故郷を追われ、難民となる者が増えてきている。林典子は2015年2月から、イラク北部クルド人自治区の難民たちの家、ヤズディの故郷であるシンガル山麓を訪ね、さらにドイツで移民として暮らす人々の丹念な取材を続けてきた。それらをまとめたのが、新作写真集『ヤズディの祈り』である。
林は写真集の後記で「世界にはさまざまな形の暴力があり、中東だけを見てもその被害者はヤズディだけではない」と書いているが、たしかにわれわれは日々流れてくるテロや迫害のニュースに慣れっこになり、不感症に陥りがちだ。だが、林はそんななかで、あえてさまざまな出来事の意味を、写真を通じて問いかけ、伝達しようとするフォト・ジャーナリストとしての初心を貫こうとしている。とはいえ、それらは「一枚ですべてを語ろうとするのではなく、そして歴史に残る出来事の全体像を写そうとしたものではなく、私の視点から見たヤズディの人々の体験の記録」として提示される。
そのために、本書に収録された写真には、その選択と配置に細やかな配慮が見られる。ヤズディの人々のポートレートが中心の構成なのだが、あえて「フレームの外にあったさりげない風景の一部」、彼らの持ち物、かつて住んでいた村で撮影された家族写真などをかなり多く取り込んでいる。また、占領下の村でダーシュ(IS、イスラム国)の戦闘員に性的な暴行を受け、顔を出すことを恐れている女性たちは、白いベール越しに撮影している。特筆すべきは、写真集の後半部の「testimony(証言)」のパートである。写真のモデルとなった人々へのインタビューが、日本語、英語、クルド語、ドイツ語(日本語以外は要約)で、かなりのページを割いておさめられている。このような丁寧な作りを心がけることで、「私の視点から見たヤズディの人々の体験」が、厚みのある記憶の集積として見事に再構成された。松本久木の手触り感にこだわった装丁・デザインも素晴らしい出来映えである。
2016/12/29(木)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス|2017年1月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
フードスケープ 私たちは食べものでできている
群馬県・前橋市の美術館「アーツ前橋」で2016年10月〜2017年1月に開催される展覧会「フードスケープ」展のコンセプトブック。展示作家の作品を中心に、専門家による解説や書籍からの引用、食にまつわる年表、「フードスケープ」を広げるためのブックリストなど、食にまつわるものごとを[自然/社会/文化/変容/身体/とりこむ]という6つのカテゴリーからご紹介。ひと皿の料理ができあがるまでの“向こう側”への想像力を刺激され、視野が広がる1冊です。
アピチャッポン・ウィーラセタクン 亡霊たち
タイを代表する映画監督・現代美術家アピチャッポン・ウィーラセタクン。東京都写真美術館開催の展覧会公式図録。本人による書下しエッセイの他、四方田犬彦氏、佐々木敦氏ほか充実の内容。
アピチャッポン・ウィーラセタクン──光と記憶のアーティスト
映画ファンや映画研究者のみならず、全世界を注目させ続けているアピチャッポン・ウィーラセタクン。本年(2016年)は、全劇場長編作の特集上映が実施され、3月には新作『光りの墓』公開、さいたまトリエンナーレへの参加、そして12月には東京都写真美術館での個展が開催されるなど、各所から注目を集めている。
本書では、映画論に加え、アートと文化人類学を軸に、英語・タイ語論考の翻訳も交えながら、アジアのみならず世界の映画を代表する作家を多角的に解析。
社会の芸術/芸術という社会──社会とアートの関係、その再創造に向けて
アートワールドを人文学的・社会科学的な側面から検討し、アートワールドという社会、あるいはアートワールド「と」社会の関係を問い直す。アーティストとキュレーター、批評家、研究者の相互的なプラットフォームのなかで「アートと社会の相互反映性」を領域横断的に考察し、アートの実践、批評の言語の新しい形を模索する。
南極建築 1957-2016
極寒と強風の地、南極。過酷な環境下で観測隊の暮らしを支える建築物はどのようにつくられてきたのか。一番の課題が雪の吹き溜まり(スノードリフト)だ。数年で建物を埋没させる。四代にわたる観測船の大型化に伴い、形状等が模索され、快適さも飛躍的に向上していった。
本書では、日本初のプレファブ建築が誕生した第一次観測隊の1957年から現代の2016年までを5期に分け、観測船の代替わりと重なるエポックメイキング的な建築物の変遷を追う。実録レポ的絵本『築地市場』の作者モリナガ・ヨウが緻密なディテール描写で基地を図解する大画面イラストを目玉にした図版構成。さらに論考で、スノードリフト対策や実体験から得たノウハウなどを専門家、元越冬隊長らが披露する。10か所以上の海外基地も図版・解説付きで紹介する。各国の工夫とデザインが見どころ。建築と住環境に特化した(およそ?)初の南極本となる。
個人的なハーモニー──ノルシュテインと現代アニメーション論
巨匠ユーリー・ノルシュテインの代表的作品『話の話』を糸口に、個人(インディペンデント)作家たちの創造性の系譜と達成を読み解き、初期アニメーション〜ディズニー、アニメーション・ドキュメンタリーや世界の長編アニメーション、デジタル時代の新たな原理、さらには宮崎駿・高畑勲など現代日本のアニメにまで射程は及ぶ、「アニメーション正史」への挑戦の書。
2017/01/13(金)(artscape編集部)