2017年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

2014年02月15日号のレビュー/プレビュー

Non-Linear/非線形プロジェクト「What’s Next?」

twitterでつぶやく

会期:2014/01/18~2014/02/09

ARTZONE[京都府]

作家それぞれの新作の出品。作品が隣にあるというぐらいの作品同士の関係性で、展開もあまり設定されていない、それぞれのブースのようにシンプルすぎる構成。さらに企画者の意図やテキスト、テーマ性への解説もない。企画意図のはっきりしない展示と考えるとそれまでだが、本展のキュレーターであるイ・ハヌルのそれに対するひとつの意志表示と考えると興味深い。
キュレーターというと、作家との関係は、共犯関係であったり、もしくは目撃者としての立場などあると思うが、彼女の場合、またそれと少し違う。話をきくと「作家の作品を見続けたい」というような立場。作家への展示の依頼のときも、「作家のいままでにしてないことをしませんか」という提案をしていたそう。作家との付き合いも、「作家が驚くほど私に本音でいろいろ話してくれた」ということからも作家側からも美術館学芸員のような立場とは違う接し方だったこともわかる。どこまで彼女が意図していたかはわからないが、とはいえその意志はにじみ出るもの。作家のコメントが撮影された映像が上映されていたが、逆に質問者(企画者)の存在が目立つかたちとなっていたこと、そして出品作家の作品は映像的であることから、(特にプロジェクト名にも関されている)ノンリニアという言葉でテーマとしてくくられているようにも想像すると興味深いところもある。
痕跡としての作品から本人が動いている制作プロセスが想起させられる桜井類。関連して展示されていたHAPS(京都市東山区)で実物展示を見せつつ、そのものを平面に落とし込み、目の前の版と実物を関連づける金光男。暗い部屋でブラックライトと白い糸を組み合わせ、動・不動を骸骨モチーフで象徴的に提示する松原成孝。彼らは、自分であったり身の回りの物事、自信のイメージの一瞬一瞬を連続的にとらえるような映像的な意図も読み取れる。
本展ではそれをつなぐ役割はキュレーターではなく、鑑賞者それぞれであり、展覧会が鑑賞者によってつくられるようなさまざまな余白を残していたということだろうか。「what`s Next?」(次は何?)というタイトルを以て最大の説明であり、キュレーターとしての「愛」なのだと感じる。

2013/01/22(木)(松永大地)

POTTO展

twitterでつぶやく

会期:2014/01/12~2014/01/27

gallery110[京都府]

顔や会話のようなものなどをテーマに、岡山からコレクションを発表するデザイナー山本哲也によるブランド「POTTO」。その2009年のコレクション「絵になる服」が展示されていた。その名のとおり、絵を着ることができる(着ないときは絵になっている)もの。地上絵がモチーフになっていたり、魚とかライオンとか、プリミティブな造形の美しさにうっとり。そもそもファションブランドの過去のコレクションを再び展示として紹介するという試みが珍しいのではないか。ファッションの展示も美術館では増えているというものの、それ以外ではそもそも珍しいものであるし(そういえばショー以外のファッションを発表する場ってどこだろう)、流行という現象にもっとも縛られるはずのファッションにおいて、良い物を良い、と紹介する企画者の意図、そして、ファッションを考える場としての同ギャラリーの意義を感じた。




展示風景

2013/01/27(月)(松永大地)

山内庸資 展「NEW OPEN AREA」

twitterでつぶやく

会期:2014/01/25~2014/02/09

神戸アートビレッジセンター[兵庫県]

山内庸資の、平面表現だけに収まらない、もしくは平面表現のなかでの立体的表現を追求する、イラストレーターとしての仕事とは違う側面をもって作品展開。ギャラリー空間に、ドローイングが施された積み木のような木の家を棒で高くし、1メートル程度の子どもの目線あたりに伸ばして林立させた。すると植物のような有機的に“生えている”家、“草原のような”町がゆらゆらと立ち上がってくる。

2013/02/06(木)(松永大地)

artscapeレビュー /relation/e_00024605.json s 10096388

テート・ブリテン

twitterでつぶやく

[イギリス・ロンドン]

テート・ブリテンへ。巧みな構図で物語の場面をドラマチックに描く画家のウィリアム・ブレイクが、もし20世紀に生まれていたら、映画監督になっていたと思う。ターナーの絵画などを展示するクロア・ギャラリーは、約20年ぶりの訪問だが、ジェームス・スターリングが手がけた力作である。ただ現時点では、こうしたポストモダンよりも、ハイテク系のデザインによる古典建築の増築の方が優勢になったかもしれない。テートでは、フランシス・ベーコンの絵を年代別の部屋に分散して展示するが、キャプションにてナチスの影響を示唆していた。ナチスのプロパガンダ関係の写真とベーコンの絵の類似性を指摘する、マーティン・ハマーの著作にもとづくものだろう。この本は、彼の怪物的なイメージの源泉を探る興味深い試みである。

2014/01/01(水)(五十嵐太郎)

サヴォア邸

twitterでつぶやく

[フランス・パリ]

パリに戻り、ル・コルビュジエの《サヴォア邸》を訪問した。実は学生のとき以来だ。正確に言うと、10年くらい前に出かけたのだが、当日が休みと気づかず、門まで行って引き返したことはあるが。モノは同じままだが、以前に比べて、来場者は確実に増え、見る側の筆者も前回からだいぶ建築を学んだ。文章化された明快なテーゼと、本当はそれには回収できない複雑なかたちの組み合わせが、奇蹟の空間を生み出している。ただ、途中のスタディのプロセスが一階の部屋に展示されていたように、いきなりここに到達したわけではなく、紆余曲折を経て、現在のサヴォア邸が誕生した。

2014/01/02(木)(五十嵐太郎)

▲ページの先頭へ

2014年02月15日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ