artscapeレビュー
野村次郎「遠い眼」
2010年01月15日号
会期:2009/12/01~2010/12/16
ビジュアルアーツギャラリー・東京[東京都]
僕も審査員をつとめる本年度のビジュアルアーツフォトアワードの受賞作品展。その審査評に次のように書いた。
「淡々と過ぎゆく日々の記録に見えて、いろいろな場所に亀裂が生じ、足元が崩れ落ちていくような怖さを感じる。不安を噛み殺し、ぎりぎりの緊張感を保ちつつ撮り続けられた写真群ではないだろうか。見慣れていたはずの人も風景も。ふっと気がつくと何か異様な手触りを備えた『遠い』存在に変質してしまっている。そこはもはやこの世ならざる向こう側の世界だ」。
作者の野村次郎は、どうやら精神的な病を抱えて、秩父の実家に逼塞していた時期があったようだ。写真はそのリハビリの過程で撮られたものであり、押さえようのない不安感、緊張感が伝わってくる。何でもない山道を撮影したカットがいくつかあるのだが、そのカーブが先の方で右、あるいは左に折れていく。ただそれだけの写真なのに、背筋の凍るような怖さを感じさせる。父、祖母、そして妻の「茜ちゃん」、インコとイグアナの「ルーシー」、同居人たちもひっそりと息を潜めて、野村のカメラの前に佇んでいるようだ。一見地味だが、じわじわと「写真でしか表わせない時・空が写し止められている」(森山大道)ことが伝わってくる写真群。展示を見てあらためて賞に選んでよかったと思った。なお鈴木一誌の端正なブックデザインで、同名の写真集も刊行されている。
2009/12/04(金)(飯沢耕太郎)