2021年04月15日号
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artscapeレビュー

鬼海弘雄『アナトリア』

2011年04月15日号

発行所:クレヴィス

発行日:2011年1月25日

鬼海弘雄はこれまで3つのシリーズを並行して制作してきた。ひとつは浅草雷門に群れ集う異形の人びとを撮影した「浅草のポートレート」、もうひとつは『東京夢譚』(草思社、2007)に代表される建物や街並みの記録である。これらが東京周辺で6×6判の中判カメラで撮影されているのに対して、35ミリ判のカメラで撮影されたスナップショットのシリーズもある。撮影場所は1980年代~90年代にかけてはインドで、写真集『インディア』(みすず書房、1992)にまとめられた。今回の『アナトリア』はその続編というべきもので、1994年から2009年までの間に6度にわたってトルコを訪れて撮影したものだ。
鬼海が好んで歩きまわったのは、トルコのアジア側、アナトリア半島の街々である。小アジアともいわれるこの地域は、紀元前から古代文明が栄えた土地だったが、いまは近代化から完全に取り残され、素朴な暮らしぶりが残っている。あとがきにも記されているように、鬼海の生まれ故郷である山形県西村山郡醍醐村(現寒河江市)の、戦後すぐくらいの情景を髣髴とさせるところがあるようだ。だが彼がめざしているのは、そのようなノスタルジアを喚起することではない。写真家としての彼の興味は、岩山に囲まれ、真冬には凍てつくような寒さになる荒涼とした大地に根ざすように生きる人びとの、不思議に懐かしい表情や身振りに集中している。鍛え抜かれた、なめらかで正確なスナップショットの技術によって捉えられた人びとは、地方性や時代性を越えた「普遍的な」姿として定着されているように思える。人間という存在の基本型とは何かという長年にわたる探求の、見事な成果がそこにはある。思わず「うん、これだよね」と深くうなずきたくなる写真集だ。

2011/03/06(日)(飯沢耕太郎)

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