2021年04月15日号
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artscapeレビュー

芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム 珠玉の名品展

2011年04月15日号

会期:2011/03/08~2011/05/08

東京都写真美術館 3F展示室[東京都]

いろいろな意味で感慨深い展覧会である。もう30年ほど前、筆者は筑波大学大学院芸術学研究科で日本の「芸術写真」の歴史を調査・研究していた。明治後期から昭和初期にかけて、主にアマチュア写真家たちによって担われていた絵画的な写真作品の追求(ピクトリアリズム)は、それまで写真史において「間違ったエピソード」という扱いを受けていた。草創期の素朴なドキュメントと、写真独自の表現可能性を模索した「近代写真」との間の混迷の時代の産物とみなされていたのだ。だが、「芸術写真」が確立した、写真を自立した一枚の「絵」としてとらえ、その枠内での表現の可能性を最大限に追求していく考え方は、現在に至るまで強い影響力を保ち続けている。何よりも、野島康三、福原信三、淵上白陽、山本牧彦、高山正隆といった「芸術写真」の時代を代表する写真家たちの、高度な技術と張りつめた表現意欲に裏打ちされた作品群は実に魅力的だった。これらを歴史に埋もれさせておくのはあまりにも惜しいという思いがあった。
その成果は、博士論文を書き直して刊行した『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房、1986)にまとまる。ちょうど同じ頃、まだ在野の写真史研究家だった金子隆一も、独力で「芸術写真」の研究を進めていた。その後、金子は東京都写真美術館の専門調査員となり「日本のピクトリアリズム」の作品の収集・展示に力を注ぐことになる。その集大成として企画されたのが、今回の「芸術写真の精華」展である。120点の作品はまさに「精華」という言葉にふさわしい名品ぞろいだ。30年前、これらの作品の価値を正確に把握できていたのは、おそらく僕や金子を含めてごく限られた数の人だけだったに違いない。あの評判が悪かった「芸術写真」が、これだけの大きな規模の展覧会に堂々と展示されている。そのことに感慨を覚えずにはおれなかったのだ。
さて、今回の展示であらためて目を見張ったのは、関東大震災以後、中嶋謙吉を理論的な指導者として田村榮、高尾義朗、塩谷定好、佐藤信、本田仙花、小関庄太郎らによって追求された「表現派」とも称されるスタイルの作品である。彼らは「主観の命ずるまゝに自己の感激を、何の捉はるゝ事なしに思ひ切って表せばよいとの考で、自己を自然以上に尊重する」(中嶋謙吉「現在の写真芸術」『中央美術』1923年1月号)ことを主張し、さまざまな技巧を駆使して凝りに凝った作品を制作した。特に「雑巾がけ」と呼ばれる、画面にオイルを引いて鉛筆や絵具などでレタッチを施す技法は実に興味深い。小関庄太郎の1920年代後半から30年代にかけての作品(《古風な町》1928、《海辺》1931)など、ほとんど写真原画の跡を留めないほどに改変されている。この極端なほどに「主観」的な表現のあり方を、現代のフォトショップなどによる画像改変と比較したくなるのは僕だけではないだろう。「芸術写真」を、過去の一時期の特異な表現ということだけで終わらせるのは、あまりにももったいないのではないだろうか。

2011/03/08(火)(飯沢耕太郎)

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