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原安三郎コレクション 広重ビビッド

2016年05月15日号

会期:2016/04/29~2016/06/12

サントリー美術館[東京都]

日本化薬株式会社元会長・原安三郎氏(1884~1982)が蒐集した浮世絵コレクションから、歌川広重晩年の代表作「名所江戸百景」と「六十余州名所図会」の全点、葛飾北斎の「千絵の海」全10点と「富嶽三十六景」ほか、歌川国芳「東都名所」シリーズなど、前後期合わせて200点以上が出品される。本展の目玉は、広重の二つのシリーズがいずれも初摺であること。その意義は、版がまだ摩耗しておらず細かい線まではっきりと摺られていること、絵師と摺師が一体となって色や摺りを検討しているために、広重の制作意図が摺りに反映していることが挙げられる(人気作品の後摺では摺りの手数が省略されることが多いという)。原安三郎コレクションの「名所江戸百景」と「六十余州名所図会」の初摺は国内にも数セットしか存在しないもの。生涯現役を貫いた原氏は事業や財界での活動に繁忙を極め、ほかのコレクターや研究者との交流がなく、昭和の初めに横浜にいた宣教師から譲り受けたものが母体となっているというコレクションの存在はほとんど知られていなかったという。本展で初公開となる「名所江戸百景」「六十余州名所図会」は保存状態がよく、初摺の、しかも「摺りたての姿が鑑賞できる」がゆえに「広重ビビッド」なのだ。実際、展覧会会場に並ぶコレクションを見ると、浮世絵はこんなにも色鮮やかなものだったのかと驚かされる。摺りの技術で特に惹かれるのは「あてなしぼかし」。これは平坦な版に摺師の裁量で色が差されたぼかしで、空や水面の表現に多く用いられており、意識して見るとそのすばらしい効果が実感される(展示では「六十余州名所図会 江戸浅草市」の初摺と後摺が並んでおり、用いられている色味の違い、摺りの違いを比べてみることができる)。また、これら広重の仕事を北斎の「赤富士」「黒富士」と比較すると、北斎ではぼかしは単純なパターンに限られる一方で版を点々と彫って濃淡と山肌や樹木の質感を同時に表わすなど、摺りの技術に依存せずに少ない工数でより大きな効果が得られるよう工夫している様子がうかがわれる。こと摺りに関して、広重と北斎とはずいぶんと違う。
各々の作品のキャプションには名所絵に描かれた地の現在の写真が添えられている。これは本展の企画担当者3人が現地を訪れて撮影してきたものだそう。浮世絵の摺りの美しさと、広重作品の大胆な構図と、旅の楽しみとを同時に味わえる仕掛けか。[新川徳彦]

2016/04/28(金)(SYNK)

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