2020年01月15日号
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artscapeレビュー

高谷史郎『ST/LL』

2016年02月15日号

会期:2016/01/23~2016/01/24

滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール[滋賀県]

薄暗い舞台上には、奥へ伸びる細長いテーブルと、縦長の巨大なスクリーン。ワイヤーで吊られたカメラがするすると下りてきて、テーブル上に置かれた空っぽの皿、カトラリー、ワイングラスをスクリーン上に映し出す。still=静物画。リンゴの赤だけが妖しく光る。向かい合った2人の女性が、食事をする仕草を厳かに始める。一方が片方の鏡像のように、左右対称でシンメトリックな動き。背後のスクリーンの映像も、垂直方向に反映像を生み出す。だがパフォーマーが動いた瞬間、広がった波紋がそこに亀裂を入れる。鏡のように見えたそれは、じつは浅く水の張られた水面だったのだ。テーブルに置かれた食器類やテーブル上で横たわって蠢くパフォーマーの身体は、スクリーンに映し出され、さらに水面=鏡に反映し、幾重にも分裂・増殖していく。
別のシーンでは、走り回り、くるくると旋回するパフォーマーたちの身体は、照明の効果によって影のように黒く浮かび上がり、あるいはスクリーンに影絵のシルエットを映しながら、虚と実の世界を目まぐるしく交替し、現実のスケール感や実在感を失っていく。光と影だけのモノクロームの世界への圧縮。鏡のように澄みきった水面の上で静止(still)した世界では、どちらがリアルでどちらが虚の世界かわからない。空っぽのお皿から晩餐を食べるフリをする冒頭のシーンのように、「そこにないはずのものが『ある』」「あるはずのものが『ない』」、その境界が曖昧になっていく。
アイヌ語の子守歌が歌われる中、ライトの森が星空のように降ってくる。紙片が雪のひとひらか花びらのように撒かれ、ゆっくりと宙を漂い、暗い水面を砕けた流氷の浮かぶ海面に変えていく。映像の中で食器やカトラリーが落下し、ワイングラスが粉々に割れる。破滅的な予感の中で、ダンサーは時に影となり実体を曖昧にさせながら、周囲を旋回するカメラと見えないデュオを踊り、やがて日蝕が訪れ、すべてが闇に包まれた後、崩壊の後のかすかな予感を思わせる光が射し込んで幕を閉じる。
明確な筋はないが、完璧に制御された映像と照明と音楽によって、美しい白昼夢のような断片的なシーンが次々と連なっていく。水面がもうひとつの世界を出現させ、パシャパシャという水しぶきが覚醒の音を淡く響かせながら、波紋がどこまでも広がっていき、すべては明晰に覚めた夢。

2016/01/23(土)(高嶋慈)

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