artscapeレビュー

山中学『羯諦』

2009年11月15日号

発行所:ポット出版

発行日:2009年9月10日

1989年に東京・有楽町の朝日ギャラリーで開催された山中学の個展、「阿羅漢」のことはよく覚えている。ホームレスの男たちを正面から見据えたポートレートが、和紙のような大きめの紙にやや粗い粒子を強調してプリントされ並んでいた。手応えのある被写体に肉迫したいという表現の意図はよく伝わってきたが、そのたたずまいは神経を逆撫でされるようで、あまり気持ちのいいものではなかった。仏教用語を使ったタイトルも、ややとってつけたように感じた。
ところが、今回送られてきた写真集『羯諦』のページをめくって、山中がその後、驚くべき粘り強さと忍耐力を発揮して、「阿羅漢」のテーマを展開していることを知った。「不浄観」「羯諦」「童子」「浄土」「無空茫々然」と、25年以上わたってシリーズを重ねていくごとに、テーマは深められ、表現は繊細に、そして簡潔で力強いものになってくる。「奇形」の肉体に真っ向から取り組んだ「浄土」や「無空茫々然」は、いろいろ物議を醸すこともあるかもしれないが、写真を通じて生命と物質の境界を問いつめる作業の、極限値がここにあるといってよいだろう。写真集の造本・レイアウトもとても細やかで丁寧にできあがっている。

2009/10/07(水)(飯沢耕太郎)

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