2024年03月01日号
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artscapeレビュー

軽い手荷物の長い旅

2009年12月15日号

会期:2009/10/31~2009/11/14

大阪成蹊大学芸術学部ギャラリーspaceB[京都府]

DMにはどこかの国の電車の切符の写真が使われていた。切符に小さく記されたほとんどの注意書きの文字が鉛筆で塗りつぶされているのだが、よく見ると“The ticket is valid unlimited traveling”という一部分だけは塗りつぶされておらず、英語が苦手な私でも胸が躍った。タイトルもさることながら、物語性にあふれたDMだ。作家はストックホルム在住の石塚マコ。会場には、外国で暮らす彼女の、旅や日常の出来事にまつわるいくつかの作品がインスタレーションされていた。なかでも面白かったのは屏風のように折られたスクリーンの裏表両面に映し出される《彼女なりの物語》。石塚が出会った国籍も職業もさまざまな5人の友人達がそれぞれの母国語でメガネにまつわる思い出を語る様子が順番に投影されるのだが、それらの話の内容を伝える「翻訳」の字幕は、語り手の身振りや口調から石塚が想像で解釈したもので、それぞれの言語を正しく訳したものではない。その裏側では、同じくメガネに関する個人的なエピソードを石塚が日本語で語る様子が映し出される。こちらも、友人たちが彼女の様子から想像だけで解釈した翻訳。よって、映像自体は同じものが繰り返されるのに、まったく異なる5パターンの字幕(物語)が展開する。山折り、谷折りの薄いスクリーンは映像が微妙に歪んで見えるのだが、他者との関係性やその距離感、そこでの齟齬や理解の限界など、さまざまなコミュニケーションの有様を可笑しくも如実に表わしていた。

2009/11/2(月)(酒井千穂)

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