2019年12月01日号
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artscapeレビュー

2012年01月15日号のレビュー/プレビュー

吉永マサユキ「SENTO」

会期:2011/12/06~2011/12/26

GALLERY SHUHARI[東京都]

吉永マサユキのデビューは、在日外国人たちの生に肉迫した1999年の写真集『ニッポンタカイネ』(メディアファクトリー、東京キララ社から再刊)なのだが、それ以前に撮影していたのがこの「SENTO」のシリーズである。撮影は1993年だが、それ以前のアナーキーな不良少年の頃から、十三周辺の銭湯は仲間たちとの溜まり場になっていたのだという。ささくれた日々にふっと訪れる慰安があったことが、肌と肌を触れ合うような至近距離で撮影された写真からいきいきと伝わってくる。吉永にとっての原点ともいえる写真群ではないだろうか。それにしても、これだけ「おちんちん」がまともに出ている写真展も珍しい。日本の写真展や写真集では、自己規制も含めて「おちんちん」を隠してしまうことが多いが、それにはなんの法的な根拠もないはずだ。いわゆる「わいせつ写真」なら、男性性器は性的な意味合いを帯びてくるのだが、銭湯ではまずそんなことはありえない。むしろ。ここに登場してくる「おちんちん」たちは、風呂のお湯の中をゆらゆらと漂い、石鹸の泡に包まれて愛らしくまったりと弛緩していて、いつもの攻撃性はまったく影を潜めている。それは男性なら誰でも身に覚えのある光景だし、女性でもそれほど違和感なく受け入れることができる存在なのではないだろうか。愉快で、ちょっと哀しげな彼らの姿を、じっくりと見ることができただけでも、とてもいい展示だったと思う。なお展覧会に合わせて、東京キララ社から同名の写真集(英文表記)が発売されている。

2011/12/07(水)(飯沢耕太郎)

ヤマガミユキヒロ展「Sheltering Sky」

会期:2011/11/29~2011/12/11

Gallery PARC[京都府]

キャンバスに建物や道路だけを描いた無人の都市の風景に映像をプロジェクションし、時間や光が移りゆくさまを表現する「キャンバス・プロジェクション」はヤマガミユキヒロがこれまでにも展開してきた作品シリーズ。今回の個展では、鉛筆で描いたタブローによるこのシリーズの新作が発表された。白いキャンバスに鉛筆の線のみで描かれたモノクロームの無人の風景に、繁華街を往来する人々や車、移り変わる空の様子などの映像が重なるそれは、以前の作品よりもうんと透明感があり、流転する世界の混沌と儚さがいっそう感じられる印象であった。うるさいほどにネオンサインが瞬く街の夜や、それらの灯りが消えたときの高層ビルの隙間に見える空、移ろいゆくその光景が美しい。色彩を削ぎ落とすというヤマガミの今回の試みは、彼が表現したいものをこれまでよりもずっと鮮明に示していたし、なによりも見ていて気持ちのいい感覚だった。これからまた楽しみだ。

2011/12/08(木)(酒井千穂)

「京の小袖──デザインにみる日本のエレガンス」展

会期:2011/10/29~2011/12/11

京都文化博物館[京都府]

「小袖」とは、現在の着物の原型。「小さい袖の衣服」を意味し、もうひとつには、袖口が小さいという「形状」を表わす。平安時代の上流階級の人々は、十二単の下に下着として、袖口が縫い詰められた小袖を着用したのだという。室町以降、小袖は「表着」として着られるようになる。本展は、桃山時代から江戸時代後期までの小袖を、松坂屋・丸紅・千總(ちそう)のコレクションを中心に展観したもの。前期・後期合わせて約180点の小袖が展示され、時代ごとのデザインの変遷を見ることができる。小袖の魅力のひとつは、文芸を題材に取るところにある。江戸時代の図案帳である「雛形本」を見れば、その流行ぶりがよくわかる。たとえば、一枚の着物のなかにある、春・御所車・鳥籠・飛ぶ一羽の雀という文様には、「源氏物語」のエピソードが表象されている。「物語」を身に纏い、愛でるとは、なんと優雅かつ粋なのであろうか。ジャポニスムが席巻した19世紀、そのような日本人の感性の発露としての染織品の意匠が、西洋の目利きから「ポエティック」と賞賛されたのも頷ける。日本の文様のうつくしさに圧倒され、さらに当時の人々にとってのファッションとしての小袖のありように感嘆した。[竹内有子]

2011/12/09(金)(SYNK)

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廣見恵子「Drag Queen 2011」

会期:2011/11/02~2011/12/24

gallery bauhaus[東京都]

廣見恵子は2009年7月にgallery bauhausで個展「DRAG QUEEN ジャックス・キャバレーの夜」を開催している。ボストンで写真を学び、当地のドラッグ・クイーン(女装のゲイ)たちが夜ごと派手な衣裳とメーキャップでショーを繰り広げるクラブを長期取材した力作だった。だが、その細部まできちんと捉えられたスナップショットには、あまり破綻がなく、やや優等生的な作品にも思えた。ところが、今回のgallery bauhausの2度目の個展では、彼女の写真家としての姿勢が大きく変わってきているように感じた。廣見は以前ドラッグ・クイーンたちを楽屋などで撮影するときには、「壁のハエ」(Fly on the Wall)のようになるべく自分の気配を殺すようにしていた。彼女たちの邪魔にならないように、息を殺し、緊張しながらシャッターを切っていたのだ。だが、今回の展示のための撮影では「クイーン達との関係を楽しみつつ、自分自身が現場に『存在』することを否定せずに共有する」ように心がけたのだという。相互コミュニケーションが密になるにつれて、彼女たちとの距離が縮まり、互いに顔を見合わせるような親密な雰囲気の写真が増えてきている。さらにモノクロームに加えて、デジタルカメラによるカラー写真が登場してきたのが驚きだった。装身具やハイヒールのきらびやかな原色は、この「DRAG QUEEN」のシリーズの表現領域が大きくふくらみつつあることの表われといえる。廣見はいま、このシリーズ以外にもアフリカ系の住人たちが住む「ボストンのご近所」を長期にわたって撮影しているシリーズと、原理キリスト教の信者たちの集団生活のシリーズとを、同時並行して進めているのだそうだ。意欲的な作家活動が、実りの多い展示や出版につながっていきそうだ。

2011/12/09(金)(飯沢耕太郎)

「開館60周年:シャルロット・ぺリアンと日本」展

会期:2011/10/22~2012/01/09

神奈川県立近代美術館 鎌倉[神奈川県]

建築家ル・コルビュジエと協働したフランスの建築家・デザイナー、シャルロット・ペリアン(1903-1999)は、第二次世界大戦直前の1940年と、戦後1953年の二度にわたって日本に長期滞在した。ペリアンの仕事を語る視点としては、彼女が日本のデザイン界に与えた影響と、日本での体験が彼女の仕事に与えた影響とのふたつがあげられよう。今回の展覧会はこのうち後者にフォーカスし、彼女が日本でなにを見て、なにを学び、どのような影響を受けたのかを明らかにする優れた企画である。
 1940年、ペリアンは日本の輸出工芸品の開発指導を目的に商工省の招聘により来日し、各地で見学、調査、講演等を行なった。そして1941年春には東京と大阪の高島屋で「選擇・傳統・創造」展を開催している。また、1953年にはエールフランス社東京営業所支社長の夫とともに再度来日し、支社のインテリアなどを手掛けている。展覧会では彼女の作品を展示するばかりではなく、シャルロット・ペリアン・アーカイブ等の資料により、招聘の過程を明らかにし、またノート、日本で収集した写真などにより彼女の日本へのまなざしを丁寧に追う。
 「選擇・傳統・創造」展において、ペリアンは日本の工芸品のなかからヨーロッパの人々の生活のなかで使用可能な製品を選び出すと同時に、捨て去るべきものを示した。捨て去るべきもののなかには工芸の権威による作品もあり、当時は物議を醸したという。他方で日本のデザイン、工芸に携わる人々からは彼女の選択や解釈に対しては批判もなされている。本展においてその点はやや控えめに扱われているのであるが、もっと強調されてもよいのではないだろうか。ペリアン来日の本来の目的は輸出工芸の振興である。彼女の「選択」は、ヨーロッパ人が日本に抱いていたイメージであり、日本に求めていたものである。対する批判は、日本人が目指し、つくりだそうとしていたデザイン・工芸である。このギャップのなかに、彼女が日本で見出し吸収した、欧米には存在しない日本独自の美の基準があったとはいえないだろうか。
 本展は広島市現代美術館(2012/01/21~03/11)、目黒区美術館(2012/04/14~06/10)に巡回する。市販もされている展覧会図録(『シャルロット・ペリアンと日本』 鹿島出版会、2011)には、ペリアンと坂倉準三が交わした書簡や、彼女の手帖などが翻訳とともに収録されており、資料としての価値も高い。[新川徳彦]

2011/12/10(土)(SYNK)

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