artscapeレビュー

2014年08月15日号のレビュー/プレビュー

《如風庵》、《凱風館》

[兵庫県]

光嶋裕介の案内により、中島工務店神戸支店にて、建築模型を見学した後、竣工間近の《如風庵》の現場を訪問した。久住有吉による左官の仕事が光る、うねる大きな壁が印象的な住宅である。いわゆる抽象的な白模型ではなく、多彩な素材感と人の動きを細かく、ていねいに見せる模型だったが、実際の建築もそれを強く意識したデザインになっており、多様な場面の展開と手触り感の強い住宅である。その後、住吉に移動し、光嶋が手がけた、内田樹の自邸兼道場の《凱風館》を見学する。大きなヴォリュームを小さな屋根の単位で分節しながら、それぞれの場にいろいろな素材を配して、異なる空間をつくる。一方、1階奥の道場は中心軸の通った大空間だ。合気道、麻雀、寺子屋など、パブリックな場として活躍する開かれた家である。


《如風庵》


光嶋裕介《凱風館》


光嶋裕介《凱風館》模型

2014/07/28(月)(五十嵐太郎)

秋山はるか個展「星にさわる」

会期:2014/07/29~2014/08/03

同時代ギャラリー[京都府]

白っぽい表面の塗装とところどころ欠けた(わざと欠いた)断面の様子が、一見、木彫にも見えた秋山はるかの陶芸作品。洋服の襟、ベルト、本、椅子などさまざまなものをモチーフにした手捻りの作品だ。土を削った痕から、何層にも重ねた粘土で制作されていることもうかがえる。ぽってりとしたそれらの厚みや貫入の表情にも趣があり、不思議な美しさも感じられる。じっくり見ると、そのフォルムもモチーフもユーモラスだったのでつい笑ってしまったが、同じ時に、会場を訪れていた高齢の男性が、若い秋山にいろいろ質問している光景も微笑ましく印象深かった。なかなか素敵な作品と時間だった。

会場風景(撮影:秋山はるか)

2014/07/29(火)(酒井千穂)

ヨコハマトリエンナーレ2014

会期:2014/08/01~2014/11/03

横浜美術館+新港ピア[神奈川県]

美術館前にはゴシック趣味の装飾過剰な、それゆえ霊柩車を想起させるヴィム・デルボアのトレーラー型の彫刻が鎮座し、エントランスを入ると正面にマイケル・ランディの透明な巨大ゴミ箱が置かれ、底にまだ少ないとはいえ美術作品(のできそこない)が捨てられている。なかなか趣味のいい導入だ。アーティスティック・ディレクター森村泰昌の設定したテーマは「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」というもの。忘れられたものや役に立たないものに目を向けさせるのが芸術の力だ、ということらしい。このテーマに沿って計65作家の作品が序章も含め12話の挿話に仕立てられている。第1話「沈黙とささやきに耳をかたむける」にはマレーヴィチ、ジョン・ケージ、アグネス・マーティン、村上友晴らの作品が並ぶが、これらをミニマルとかコンセプチュアルとかにカテゴライズせず、「沈黙とささやき」として耳を傾けようというのだ。ベルイマンの映画を思い出させるサブタイトルも含めて、70年代を知る者には涙がちょちょぎれる展示。この1室だけ見ても、これまでの国際展とは違ったものをつくろうとしていることが理解できる。
さらに第2話、3話……と見ていくと、キーンホルツやボエッティ、ジョセフ・コーネル、ピエール・モリニエ、中平卓馬、福岡道雄ら懐メロ作家が多数を占めるなか、タリン・サイモンや毛利悠子ら若手が顔を出すかと思えば、戦時中に大政翼賛的だった文学者たちの書籍を集めた大谷芳久コレクションや、「抵抗の画家」として知られた松本竣介の書簡も公開するなど、かなりはっきりと色を出している。それがどんな色であれ、鑑賞者に解釈を委ねるといって明確な態度を示さない職業キュレーターに比べれば、よほどスリリングだ。もうひとつの会場、新港ピアのほうは会場がバカでかいうえ、ブースで囲われた映像作品が多いのでガランとしている。目立つのは、やなぎみわのドハデな移動舞台車と、ガラクタを寄せ集め煙を噴く大竹伸朗の《網膜屋/記憶濾過小屋》あたり。でも「華氏451の芸術」にふさわしいのは、第2次大戦中に美術品を避難させて空っぽになったエルミタージュ美術館を映像で再現しようとしたメルヴィン・モティの《ノー・ショー》と、みずからの被爆体験に基づき廃棄物を焼いて固めた殿敷侃のオブジェではないかしら。どちらも目立たないし、楽しめるもんではないけれど、心に染み入る作品だ。
ひととおり見て、テーマに関してはともかく、未知のアーティストの興味深い作品に出会えたのはよかった。キャンバスを型取りしたなかに絵具を塗り重ねていったカルメロ・ベルメホの疑似タブロー、マットレスや箱などとるにたらないものばかり描くザン・エンリの絵画、自分の噛んだガムのカスで彫刻をつくって撮影したアリーナ・シャボツニコフの写真などがそうだ。また、木村浩、福岡道雄、殿敷侃、林剛と中塚裕子、釜ヶ崎芸術大学など、忘れられかけた作家や関西ローカルなプロジェクトを紹介したのも意義深い。展覧会はていねいにつくり込まれているし、森村色が明快に出ていて好感がもてた。よくも悪くも展覧会全体が森村の作品になっている。とはいえ、たとえば冒頭のマレーヴィチは森村のストーリーづくりに欠かせない素材だったかもしれないが、出品されたのが素描と版画集ではものたりない。名前より作品で選んでほしかった。もうひとつ、同じようなことだが、国際展というものが内外の新しいアーティストや美術の現在を紹介するものだとすれば(という考え自体もはや時代遅れかもしれないが)、今回は国際展というより、森村をゲストキュレーターに招いた横浜美術館の大型企画展というべきものだ。まさに「モリエンナーレ」。


ヴィム・デルボア《低床トレーラー》


やなぎみわ 演劇公演『日輪の翼』のための移動舞台車

2014/07/31(木)(村田真)

ヨコハマトリエンナーレ2014「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」

会期:2014/08/01~2014/11/03

横浜美術館[神奈川県]

仙台からヨコハマトリエンナーレ2014の内覧会に向かう。コンセプトを重視しつつ、ディレクターの森村泰昌の好みを充分に反映した、しっかりした大きな展覧会に仕上がっていた。美術館がメインとなるヨコハマトリエンナーレに比べると、街なか展開や祝祭性も求める、あいちトリエンナーレとの違いが改めてよくわかり、それぞれの位置が明確になったように思われる。ヨコハマトリエンナーレ2014は、物故作家や過去作も多く、全体的に渋いセレクションだが、なぜこれらの作品が選ばれたのかはよくわかる。「華氏451の芸術」というテーマは、決してレトロスペクティブなものではなく、むしろ現在的で、急速に社会が変わっていく日本の現状に対し、大きなメッセージをもちうるはずだと感じた。


展示風景 手前からMoe Nai Ko To Ba《Moe Nai Ko To Ba》、エドワード&ナンシー・キーンホルツ《ビッグ・ダブル・クロス》


展示風景 展示風景 ドラ・ガルシア《華氏451度 1957年版》


展示風景 Temporary Foundation《法と星座 Turn Coat/Court》


展示風景 ヴィム・デルボア《低床トレーラー》

2014/07/31(木)(五十嵐太郎)

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KUAD graduates under 30 selected

会期:2014/07/30~2014/08/07

京都造形芸術大学ギャルリ・オーブ[京都府]

公募によって集められた30歳未満の卒業生による展覧会に出品されていた池邊祥子服飾研究室による、古い衣服、つまり古着を収集・保存するプロジェクト「research and collect」について。ステートメントに「長い年月を経て残った衣服には、人間の歴史と個人の存在が克明に残されています」とある。個人の服という極めてプライベートな性質を持ったものが、逆説的に普遍的なものであり、もっともオープンな性質を持っているという、とても壮大なプロジェクトを感じた。資料としての展示は、服も写真も思い出の品も尊くそこはかとなく美しい。この作家によるライフワークとなるであろう本作は、劇的な変化はきっとないと思うが、どこかでしっかりと発表される機会を見てみたい。

池邊祥子服飾研究室 http://sicl.jp/

2014/08/03(日)(松永大地)

2014年08月15日号の
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