2019年08月01日号
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artscapeレビュー

2015年03月15日号のレビュー/プレビュー

山本基 原点回帰

会期:2015/01/30~2015/03/01

ポーラミュージアムアネックス[東京都]

奥行き15メートルほどの黒い床に、塩で渦巻き状のパターンが描かれている。渦潮のようにも銀河のようにも見えるけど、もっと卑近な連想では洗濯水や汚染されて泡立った河川を思い出してしまう。それは中心から等間隔に渦巻き線を広げていくのではなく、ところどころ淀みながら小さなウロコを重ねていくように塩を盛ってるため、白い泡の連なりに見えるからだろう。もちろん汚染水を思い出すからといって汚いというのではなく、清濁や聖俗、あるいは極大と極小といったスケールを超えた普遍的な美が感じられるのだ。それには塩という素材が大きく役立っているかもしれない。塩には穢れを払うとか浄めるといった意味があり、また生命を育む潮や海にも通じるが、そんな象徴性を省いても、塩そのものの「粒子性」に美しさの秘密があるんじゃないか。同じパターンを絵具で描くのとは違い、塩の粒子を手作業で盛ってるため、輪郭がボケてフラクタルに近くなっているのだ。だから遠目には白黒がはっきりしているが、近づくとややソフトフォーカス気味に見え、目に優しくなじむ。しかも平面ではなくわずかに盛り上がってるので、低い位置からながめると砂丘のような奇妙な風景のようにも見えるのだ。ちなみにここで使われた塩の粒子は約2億粒。これを1粒1粒並べていったらいつまでたっても終わらないので、たぶんひとつかみ1万粒ずつくらい盛っていったんだろう。それでも同じ行為を2万回は繰り返さなければならず、気の遠くなるような作業であることに変わりはない。

2015/02/26(木)(村田真)

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モニカ・ソスノフスカ展「ゲート」

会期:2015/01/20~2015/03/31

銀座メゾンエルメスフォーラム[東京都]

手前の部屋に3点、奥の部屋に1点、大きなジャンク彫刻が天井から吊るされている。鋼鉄製の門扉を押しつぶしたものだが、T字鋼や円筒鋼もグニャリと曲がっているので、よほど大きな圧力をかけたに違いない。門は内と外を分ける境界であると同時に、内外をつなぐ接点にもなる。つまり受容と拒絶の象徴でもある。さらに作者がポーランド出身であると聞けば、「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」と書かれたアウシュヴィッツ収容所の鉄の門扉をつい思い出してしまうが、それは作者の本意ではないはず。やはり、本来の機能を失った建築の一部が「アート」になるかクズ鉄になるかの分かれ道を示したのだろう。それも違うか。

2015/02/26(木)(村田真)

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第9回shiseido art egg 飯嶋桃代展「カケラのイエ」

会期:2015/02/06~2015/03/01

資生堂ギャラリー[東京都]

床に氷塊のような半透明のオブジェが10点。パラフィンワックスに食器類を入れて固め、家型に切り出したものだそうだ。表面に皿や碗の断面が浮かび上がり、抽象パターンを形成している。食器に家族を象徴させ、ひとつひとつの「家」が氷山のように漂う現代社会を表わしているらしいが、幸か不幸かそんな意図よりも視覚的おもしろさのほうが勝っている。反対に、50個もの茶碗に水を入れ、下から光を当てて「singular」の文字を浮かび上がらせたインスタレーションは、共同体から孤立する無数の単独者を想起させるが、意図が先走っていて視覚的なインパクトに欠ける。だいたい日本の家庭を象徴する茶碗と「singular」という英語が結びつかない。

2015/02/26(木)(村田真)

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解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話

会期:2015/02/26~2015/03/01

シアタートラム[東京都]

世田谷パブリックシアターにて、オノマリコ作、稲葉賀恵演出の『解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話』を観劇する。長いスパンで時代を行き来する雰囲気は『奇跡の年』と共通するが、建築という記憶の器を主題とし、オノマ自身が舞台となる東京女子大に在籍していたリアリティから、より楽しめた。物語は、異なる寓意的なキャラの女子学生たちのめまぐるしい4年間の生活と重ねあわせながら、体育館とその保存運動を描く。が、建物の具体的なイメージは一切見せず、それゆえ、記憶の物語としての普遍性をおびる。そして女優たちは「走る」ことで、乙女の身体を獲得していた。

2015/02/27(金)(五十嵐太郎)

アメリカン・スナイパー

クリント・イーストウッド監督の映画『アメリカン・スナイパー』を見る。「国家」のために、そして戦場で仲間を救うために、異国において160人以上を撃ち殺した精密な殺人機械となる「英雄」的な兵士が、イラクから家族のいる母国の「日常」に戻るたび、人として壊れていく。単純な愛国とも、反戦とも言えない。戦争が人の精神に及ぼす影響を描いた作品である。実話をもとにした映画だが、最後にアメリカに帰国した主人公の身に降りかかる悲劇は、運命の皮肉と言うしかない。

2015/02/27(金)(五十嵐太郎)

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