2021年12月01日号
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artscapeレビュー

2010年09月15日号のレビュー/プレビュー

カポディモンテ美術館展

会期:2010/06/26~2010/09/26

国立西洋美術館[東京都]

カポディモンテ再訪。今回気になったのは、額縁がきわめてシンプルなこと。「ルーヴル美術館展」なんかだと、装飾ゴテゴテのルイ王朝式の額縁が名画にまとわりついてくるものだが、この展覧会では装飾過多の額縁はなく、幅も大作でさえせいぜい20センチ未満。とくにアルテミジア・ジェンティレスキの《ユディトとホロフェルネス》は2センチたらずのきわめてシンプルな金の額縁、さらに幅1センチ程度の箔すら施されてない木の額縁もあった。カポディモンテは額を買う予算もないほど財政難なのか。そういうことではないですね。

2010/08/11(水)(村田真)

Chim↑Pom「Imagine」

会期:2010/08/07~2010/09/11

無人島プロダクション[東京都]

家族で現代美術館へ向かう途中、寄ってみる。明かりのない狭い通路をぐるっと180度まわるともう真っ暗闇。手探りでドアを開けると、盲目の青年たちがジャレてる映像が流れている。次の部屋にはパネルにキラキラ輝くガラスを点字のように並べた作品があり、よく見ると同じパターンの繰り返し。「キラキラ」と書かれているらしい。もちろん点字を知らない人にはただのキラキラしたパターンにすぎない。そこでふと思うのは、広島の空に「ピカッ」を点字で書いたらどうだったのかということ。だれも読めないか。

2010/08/12(木)(村田真)

こどものにわ

会期:2010/07/24~2010/01003

東京都現代美術館[東京都]

うちのガサツなガキどもは、床に顔料で描いた花畑を踏んでいく大巻伸嗣にも、オプティカルな映像インスタレーションの出田郷にも興味を示さない。唯一積極的に参加したのはKOSUGE1-16の巨大サッカーボードゲームだけ。アホでもいい、たくましく育ってほしい。

2010/08/12(木)(村田真)

126 POLAROID──さよならからの出会い

会期:2010/08/07~2010/08/29

横浜美術館 アートギャラリー1[神奈川県]

2008年のポラロイドフィルムの発売中止の一報に反応して企画された「さよなら、ポラロイド」展。当初は多摩美術大学の萩原朔美の研究室を中心にした50人あまりの参加者だったのだが、東京、京都、大阪と展示が巡回する間に人数が増えて、今回の横浜展では126人に達した。その間に、サミット・グローバルという会社がポラロイドフィルムを再生産することになり、それにともなってタイトルも「126 POLAROID──さよならからの出会い」に変わった。
荒木経惟、石川直樹、石塚元太良、沢渡朔、島尾伸三、杉本博司、津田直、港千尋、森山大道、屋代敏博、若木信吾──出品者の中から目についた写真家の名前を50音順に並べてみただけでも、なんとも多彩で、スリリングな顔ぶれである。ポラロイドという表現手段にもともと備わっていた撮影者を「エキサイトさせる力」が、多くの人たちを動かしているということではないだろうか。実際に展示を見ると、その表現スタイルの多様性、何が出てくるかわからないワクワク感は驚くべきものがある。ポラロイドの魔法の力は、まだまだ衰えていないということだろう。
同時に開催されていた、20×24インチの大判ポラロイド作品の特別展示もかなり面白かった。1983~86年にかけて、重さ90キロ、高さ1・5メートルという巨大カメラを使って、石内都、石元泰博、植田正治、川田喜久治、内藤正敏、奈良原一高、深瀬昌久、藤原新也、森山大道ら17人の写真家たちが取り組んだプロジェクトの成果である。実にひさしぶりに石内都の「同級生」や深瀬昌久の「遊戯」などのシリーズを見ることができたのだが、ここでも写真家たちがポラロイドの表現能力を最大限に活かした「プレイ」を全身で楽しんでいる。もし、この巨大ポラロイドのシステムがまだ使用可能ならば、若手作家が再チャレンジするというのもいいかもしれない。なお、赤々舎から刊行された本展のカタログを兼ねた写真集『126 POLAROID──さよならからの出会い』も盛り沢山の、なかなか充実した出来栄えだ。

2010/08/13(金)(飯沢耕太郎)

藤本壮介展 山のような建築 、雲のような建築、森のような建築 建築と東京の未来を考える2010

会期:2010/08/14~2010/11/28

ワタリウム美術館[東京都]

藤本壮介による初個展。ワタリウム美術館の2階から4階までの3フロアを用いた展示は、どの階も所狭しと展示物が並べられており、展示にかける圧倒的な気迫が伝わってくる。2階はポリカーボネートの押出材を組み合わせた、雲をモチーフとしたひと続きの構築物。初期の《N House》が垂直に展開したかのような透明で内も外もない空間が生まれている。3階は事務所設立以前から現在までの作品が、模型、ドローイング、写真などによって展示されており、それらが「山のような建築、雲のような建築、森のような建築」と再定義されている。この階の展示は包括的で、藤本のこれまでの軌跡の全体像を知ることができる。特に各プロジェクトに小さな字で書かれた警句的なテキストは、藤本の思考を知る指針となり、展示の重要なスパイスとなっている。藤本がここで自身の活動を「山」「雲」「森」という三つのモチーフによってまとめていたことは示唆的だと考えられる。例えば、この中に『20XXの建築原理へ』(INAX出版)で挙げられていたような「樹木」や、やはりよくモチーフとして挙がる「洞窟」は入っていない。「山」「雲」「森」は、より何か大きな自然の幾何学を示している。あえて建築的な言葉に訳せばさしづめ「量塊」「無重力」「迷路」とでも翻訳できるだろうか。そこには建築をその内側に入り込み空間の次元で追い求めるのではなく、建築をその外側に回り込みメタファーの次元で追い求めるような藤本の思考が表われているように感じた。4階は発泡スチロールでつくられた青山一帯の都市模型で埋め尽くされており、ヴォリューム一つひとつが下部からスチールの支柱によって支えられることにより、既存の都市が雲のようにたなびくとともに、その中に「山のような建築」と空中に浮かぶ「空中の森/雲の都市」という二つのプロジェクトが置かれている。ところで、今回のこれらすべての展示に共通するテーマを上げるとすれば「雲=クラウド」ではないか。建築がその存在を単に弱めて消失していくのではなく、雲のような存在感へと変化することにより、瞬間ごとに多様な建築へと姿を変えることのできるような、そんな状況から藤本の建築が生まれているようにも思えた。いわば「クラウド化する建築」とも言えるような思考法が藤本の建築の背景にあるかのように感じた。

2010/08/14(土)(松田達)

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