artscapeレビュー

2010年09月15日号のレビュー/プレビュー

プレビュー:マスダール・シティ

[アブダビ]

竣工:2015年予定

アラブ首長国連邦のアブダビに、世界で初めてCO2を排出しない究極の環境都市を建設するという計画。総面積6.5平方km、開発費220億ドル、想定人口5万人で、2015年完成予定の巨大な新都市である。太陽光エネルギー、風力発電などの大規模な再生エネルギーなどを利用して都市全体を運営し、電機を動力とする自動運転可能なPRT(個人高速交通)を交通システムとして導入することにより、完全に自動車のない都市が実現するという。この乗り物は口頭で行き先を告げるだけで、自動的にその場所へと連れていってくれるという。現在、スマートグリッドと呼ばれる電力需要を自動的に調整するシステムが世界中で注目されているが、こうした環境負荷の低い多様な技術を基盤として建設される都市をスマートシティという。スマートシティはほかに中国の天津エコシティやアムステルダムのスマートシティ・プログラムなどが知られるが、マスダール・シティは、原油産出国が原油に依存しない経済を目指すための国家的なプロジェクトである点において特に注目される。なお、都市デザインはイギリスのフォスター&パートナーズが担当している。

2010/08/14(土)(松田達)

トヨダヒトシ スライドショー上映「黒い月」

会期:2010/08/15

ヴァンジ彫刻庭園美術館 展示棟[静岡県]

ニューヨークと東京とを往復しながらスライドショーによる「映像日記」をつくり続けているトヨダヒトシ。彼の新作「黒い月」の上映会が、静岡県長泉町のクレマチスの丘にあるヴァンジ彫刻庭園美術館で開催された。トヨダ自身によるスクリプトによると、その内容は以下の通りである。
「初夏の日本/孤独感、疎外感による事件が矢継ぎ早に起った時期だった/7月の川/いつもの道/争いに勝った者の意見が正しいのか/鎌倉/「私にはなにもない」と/花/午後/丘の上は思ったよりも風が強かった/いくつもの野/どんな風景も完結はせず、ただ光があり、時間があった。闇があった。/暮らし/夜/約束/秋」
いつものように90分近くにわたって、2008年初夏から秋にかけて彼が見た眺めが無音のまま淡々と写し出される。それらをじっと見ながら、これまたいつものようにいろいろなことを考えていた。ひとつはトヨダの作品世界は入り組んだ地層のように連なっているということ。彼自身の日々の暮らし、出会った人びとからなる経験レベルでの映像の層があり、それを包み込むように無差別殺人事件やオバマ大統領の当選などの社会レベルでの映像の層がある。さらにもうひとつその下層(あるいは上層)に宇宙レベルとでも呼ぶべき映像群を抱え込んでいるのが、彼のスライド作品の特異性なのではないだろうか。それらは時に「空」や「月」のようなイメージとして提示されることがあるが、より特徴的なのは昆虫、花、苔などに向けられたミクロコスモス的な視点である。これらの微視的な映像群が挟み込まれることによって、彼の作品世界は個の日常世界から神話的といえそうな領域に越境していくことになる。
もうひとつ考えたのはスライドショーにおいて「言葉」が果たす役割で、これは時に諸刃の剣になりそうな気がした。特に今回の「黒い月」では、最後のパートにかなり長いモノローグが挿入されていて、それが相当に強い引力を発生させている。どうも近作になればなるほど、「言葉」の力が強まっていると感じるのは気のせいだろうか。映像と「言葉」のバランスをとっていくのは、トヨダのスライドショーにおいてつねに綱渡り的なスリリングな作業になる。そのバランスが崩れると、もともと彼の作品世界が孕んでいた開放的な多義性が一定の方向に固着してしまいかねない。その危うい分岐点が、今回のスライドショーで見えてきたように思った。
なお「黒い月」というタイトルは、仏教の暦で満月から新月までの間をさす言葉(黒月)から採られている。「元に戻っていく」という意味を含むこのシリーズは、新月から満月までをさす「白い月」のシリーズと同時並行して制作された。ニューヨークでの日々の映像から構成される「白い月」も既に完成しており、この秋いろいろな場所で上映される予定だ。トヨダの作品は、彼のスライドショーに足を運ばなければ見ることができない。彼のホームページなどの情報を参照して、とにかく一度ライブ上映を体験していただきたい。(http://www.hitoshitoyoda.com/)

2010/08/15(日)(飯沢耕太郎)

ブルーノ・ムナーリ展

会期:2010/06/26~2010/08/29

横須賀美術館[神奈川県]

前日は家族で浦賀水道を望む海岸で遊んで、観音崎京急ホテルにお泊まり。この日は炎天下、丘の上のアスレチックの森で遊び、帰りに汗だくになりながら美術館の屋上から入館。ワークショップルームで絵の描かれた透明プラスチックを何枚か組み合わせて遊ぶゲームに夢中になり、展示はほとんど素通り。正直、涼みに行っただけでした。

2010/08/17(火)(村田真)

江本創「幻ノ進化論──Saltationism」

会期:2010/07/20~2010/08/26

京都芸術センター[京都府]

想像上の物語をつうじて“幻獣”たちを創り出す、美術作家・江本創の個展。江本の作品である“幻獣”たちが標本としてずらりと展示された空間は、子どもでなくてもその想像的な世界に誘い込まれてどっぷりと浸ってしまう魅力に満ちていた。甲羅をもつ獣や虹色の魚、小さなドラゴンなど、展示された一体一体の“幻獣”のユーモラスで不気味な形相、ユニークなネーミングもさることながら、なにしろそれぞれの骨格や皮膚の生々しい質感は、本当に作り物なのかと思うほどリアルで目を釘付けにするのだ。世界中に密かに棲息する未確認の奇妙な生き物を追い求めるアレクサンドル・ヒロポンスキー博士の助手として世界中を巡る江本が、各地で発見して持ち帰ったという物語の設定から制作される“幻獣”(の“死骸”)は、それぞれが棲息していた環境などにも見る者の想像を巡らせて、次々と好奇心を掻き立てる。会場から離れ難い気分にもなってしまうのが危険でもあるが夏休み企画にふさわしい展覧会だった。

2010/08/17(火)(酒井千穂)

遠藤利克「Trieb⇔Void」

会期:2010/08/17~2010/09/05

ヒルサイドフォーラム[東京都]

回廊式のギャラリーに数点の大作が並んでいる。とくに凹型の《Trieb-水路》と臼型の《空洞説・2010 AKIYAMA》は、ともに表面を焼いて黒こげにしたもので、その物量感は展示空間を狭く感じさせるほど圧倒的。Trieb(欲動)とかVoid(空洞)とか謎めいた言葉がちりばめられているが、理屈はともかくとして、表面が黒こげの巨大な木のかたまりがズンと置かれているというだけで心がざわめかないか。

2010/08/18(水)(村田真)

2010年09月15日号の
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