2018年07月15日号
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artscapeレビュー

2016年01月15日号のレビュー/プレビュー

Rhizomatiks Research×ELEVENPLAY『border』

会期:2015/12/04~2015/12/06

スパイラルホール[東京都]

観客はこの場では同時に出演者でもあって、ELEVENPLAYの女性ダンサーたちとともに、自動制御のWHILL(電動車椅子に似た乗り物)に乗って舞台空間を移動する。しかし、観客はその場を肉眼視することができない。観客の視界はヘッドマウントディスプレイで覆われ、耳もまたヘッドフォンで塞がれている。視覚と聴覚がその場のものではない「ヴァーチャル」な刺激によって自由を奪われ、そのシステムに支配されながら、衆人環視のなか(2階席から見下ろす態勢で、この舞台を眺めるもうひとかたまりの観客たちがいる)で観客は、孤独と恐怖にさいなまれる。まるでそれは「夢と魔法」というショックアブソーバーを欠いたディズニーランドのアトラクションのようで、観客の状態をここまで徹底的に操作する演出に、まず驚いた。孤独と恐怖にさいなまれながら、観客はまずダンサーの手招きに出会う。おそらく目の前のダンサーを見ているのだろう。しかし、ダンサーたちと彼女らが踊る空間のあり様はタイムロスなく過剰なエフェクトがかけられ、リアリティを欠いており、恐怖は一層掻き立てられる。ただし、この公演中もっとも刺激的であったのは、そうした「ヴァーチャルなもの」から生み出されたものではなかった。10分程度の上演のなかばあたりだったろうか、ダンサーたちが不意に観客の膝や肩、腕に手を触れてきたのだ。この接触は、「ヴァーチャルなもの」を「リアルなもの」とする感覚を生き始めた身体が、思い掛けず得体の知れないもの=「真にリアルなもの」に出会った瞬間だった。この接触にさらなる恐怖を得たともいえるし、肉体の復帰という安堵を得たともいえる、なんとも複雑な感情に満たされた。ダンスに格段の新味さはないとしても、こうしたアイディアを盛り込んでくるところにこのダンスインスタレーションの真摯な挑戦を感じた。観客に向けたアプローチこそ未来のダンスの可能性のひとつだ。そう確信させられた。


Rhizomatiks Research × ELEVENPLAY「border」

2015/12/06(日)(木村覚)

フェスティバル/トーキョー15 飴屋法水「ブルーシート」

会期:2015/11/14~11/15、12/04~12/06

豊島区 旧第十中学校グラウンド[東京都]

福島にいた役者たちが、震災で校舎が使えなくなり、しばらく間借りで過ごしたあと、仮設の教室暮らしをしたことは、東北大学で筆者が経験したこととまったく同じプロセスだと思い出しつつ、屋外の寒さを抱きしめる。空間としては、運動場を使うために、向こうの道路まで見える、異様な奥行きをもった舞台であり、横長の舞台と観客席が特徴だった。空に消えていくシャボン玉、ラストの椅子取りから逃げろの連呼までのむき出し若い身体のパワーが炸裂する作品だった。

2015/12/07(月)(五十嵐太郎)

KAFS03『多拠点性・多領域性』

会期:2015/12/06

カマタ_ブリッヂ[東京都]

KAFS03『多拠点性・多領域性』のプログラムで、ミニレクチャーを行ない、その後、今後の展開を考えるワークショップに参加する。道路に面した一階が会場であり、ブルーシートと同様、屋外の寒さを感じながらの開放的な空間だった。リノベーションした物件を建築家らのシェア・オフィスとしつつ、ファブラボ的な機能をもたせ、蒲田の町工場との連携も計る。フューチャー・セッションでは、「宣言」の三か条を担当し、とりあえず以下の項目をまとめる。(1)街の異物であり続けること(おしゃれでもなく、ヘンに溶け込まない)、(2)街を着火し、世界を炎上させよ(廃材を銭湯に譲ったり、創作や町工場の潜在力を外に発信する)、(3)でも、迷惑をかけないこと。

2015/12/07(月)(五十嵐太郎)

存本彌生『わたしの獣たち』

発行所:青幻舎

発行日:2015/11/25

ヒオス島(ギリシャ)、セビリア(スペイン)、神戸(日本)、ミュンヘン(ドイツ)、サンクトペテルブルク(ロシア)、シェトランド(スコットランド)、ゴーダ(オランダ)、コチコル(キルギス)……。在本彌生の写真集『わたしの獣たち』の写真の撮影場所を、掲載順に記すとこんな具合になる。彼女が旅の写真家であることは一目瞭然だろう。ジェット機の時代の写真家の中でも、在本の移動距離の大きさは突出している。そういえば、彼女の最初の写真集『MAGICAL TRANSIT DAYS』(アートビートパブリッシャーズ、2006)も旅と移動の産物だった。それから9年ぶりになる、この新作写真集を見ていると、在本の「世界に潜む美を探し求める」アンテナの精度が、より研ぎ澄まされてきているのを感じる。
とはいえ、その探索の旅は、けっして肩肘を張って狙いをつけるようなものではない。むしろ被写体の幅を大きくとり、目に飛び込むものを片端から撮影しているように見える。だがそれらの雑多なイメージの流れに身を委ねていると、何か柔らかく、大きな塊のようなものが浮かび上がっているように感じる。例えば、何度か登場する「馬」のイメージもそのひとつだろう。在本にとって、「馬」は好きな被写体という以上に、生命力そのものの在処をさし示す、神話的、根源的な生きものなのではないだろうか。「馬」だけではなく、彼女の写真には出会うべくして出会ったという確信がみなぎっているものが多い。こういう写真集のページを繰っていると、自分も旅に出たいという、ひりつくような渇望の思いに駆られてしまう。

2015/12/07(月)(飯沢耕太郎)

仙台市地下鉄東西線

[宮城県]

仙台で新しく開通した東西線に初めて乗る。車両はやや小さめで、外国の電車を思い出す。川内から青葉山への急勾配をどう処理するのかと思ったら、大江戸線も顔負けの、えらい地下奥深くにホームを設置していた。ただし、青葉山駅のエスカレーターは、追い越しができない狭い幅である。一方で時間が不確定なバスは大幅に減らされたが、地下鉄によって通勤は格段に楽になった。また仙台駅の東側にある卸町などへのアクセスも簡単になった。今後、二番目の地下鉄の運行によって、仙台の都市の構図も大きく変わるだろう。

2015/12/08(火)(五十嵐太郎)

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