artscapeレビュー

2014年06月15日号のレビュー/プレビュー

収容病棟

ワン・ビン監督のドキュメンタリー映画『収容病棟』を見る。中国の精神病院の「日常」を撮影したものだが、この題材で許可をとれたことに感心する。そして被写体との絶妙な距離感も興味深い。前編・後編あわせて4時間という長尺だが、この長さだからこそ、閉ざされた空間で、日々繰り返される生活への没入と想像に導く。『収容病棟』の建物では、相部屋以外だと、ほとんどの時間をテレビのある談話室か、中庭を囲む、格子のある回廊を歩くしかない。3階が男性、2階が女性、1階は食事(ただし、みな立ち食いしていた)。食事、排泄、睡眠という基本行為だけを満たす、機能主義/モダニズムを突き詰めたシンプルな空間である。しかしながら、『収容病棟』の建物では、制限された区域内の自由が保証され、会話、ケンカ、いたわりあい、恋愛さえ(3階と2階のあいだで)起きている。フィクションで描かれる精神病院のイメージとは違い、人間としての生活があり、人生の装飾を剥いで、シンプルにした分、塀の外の社会の生涯をより濃縮したようにも見える。

2014/05/07(水)(五十嵐太郎)

川内倫子+テリ・ワイフェンバック「Gift」

会期:2014/04/27~2014/06/22

IMA gallery[東京都]

川内倫子は1972年生まれ。テリ・ワイフェンバックは1957年生まれ。キャリアも違うし、活動場所も東京とワシントン・D.C.と隔たっているが、たしかにこの二人の作品には共通性がある。身近な環境を題材にしながら、それを「永遠」とか「深遠」とかいう言葉がふさわしいような眺めに変換させていく。光や空気感の微妙な変化に鋭敏に対応し、その震えをそっと定着していく姿勢もどこか似ている。実際にこの二人の写真家には2011年頃から交友があり、メールのやり取りや写真の交換などを続けてきたのだという。それを二人展という形で実現したのが、今回の「Gift」展である。
六本木のIMA CONCEPT STORE内のギャラリーでの展示の内容は、決して期待を裏切るものではなかった。二人の間で交わされた「往復書簡」にならって、交互に作品を展示するというアイディアもとてもよかったと思う。ワイフェンバックのプリントにだけ白枠をつけてあって、すぐに判別できるように工夫されていた。ただ残念なことに、二人の作品世界が共振する相乗効果のようなものはあまり感じられなかった。どちらかといえば、「優しさ」や「ゆらぎ」が強調された小さいサイズのプリントが多く、彼女たちの普段の展示から伝わってくるダイナミズムが影を潜めていたのも理由の一つかもしれない。小ぎれいなギャラリー・スペースの雰囲気も、作品に集中しにくくさせていたこともあるだろう。二人の実力は折り紙付きなのだから、もっと大胆な遊びや冒険を見せてほしかったと思う。

2014/05/09(金)(飯沢耕太郎)

桑原史成「不知火海」

会期:2014/05/07~2014/05/20

銀座ニコンサロン[東京都]

桑原史成は2013年に刊行した『水俣事件』(藤原書店)で第33回土門拳賞を受賞した。その受賞記念展として開催されたのが本展である。桑原が水俣病の患者さんたちを撮影しはじめたのは1960年だから、既に50年以上が経過している。一人の写真家の仕事として異例の長さであるとともに、これだけの質と厚みを備えたドキュメンタリー・フォトは、日本の写真表現の歴史においても希有なものといえるだろう。
土門拳賞の受賞対象となった著作が『水俣病事件』ではなく、『水俣事件』となっていることに注目すべきだろう。これは版元の藤原書店の藤原良雄がいくつかの候補から選んだもののようだが、桑原が撮影してきたのが単純に「水俣病」を巡る状況だけではなく、地域社会の全体を巻き込み、国際的にも環境汚染の問題を問い直すきっかけとなった「事件」の全体であったことを、よく指し示すネーミングといえる。
写真をあらためて見直すと、「生ける人形」と称された重症患者の少女を撮影した1960年代のよく知られた写真から、2013年の水俣病認定棄却処分を不当とする最高裁判決の記録まで、桑原がまさに一つの地域と時代とをまるごとつかみ取り、写真に残しておこうという強い意志に突き動かされてきたことがよくわかる。土門拳賞の「受賞理由」としてあげられた「ジャーナリスティックで距離感を保った一貫した姿勢」というのは、まさにその通りだと思う。日本のフォト・ジャーナリズムの記念碑的な作品というだけではなく、いまだ現在進行形の仕事であることに強い感銘を受けた。

2014/05/09(金)(飯沢耕太郎)

アートアワードトーキョー丸の内

会期:2014/04/26~2014/05/25

行幸地下ギャラリー[東京都]

今年の卒業・修了制作展から選んだ30人の作品を展示。みんなうまい。とりわけ筆触と装飾を同化させたような水野里奈をはじめ、福本健一郎、原田圭らの絵画に感心する。水野は三菱地所賞、福本は審査員今村有策賞、原田は審査員高橋明也賞を獲得した、というのもうなずける。ただ似たような作品が多いのも事実で、もっとアートを引きずり下ろしたり、審査員にケンカを売るような試みがあってもいい。たとえば、風呂場で抜け落ちた髪の毛を使って人物や風景を描き写真に撮った杉浦由梨の作品などは、見ようによっては落書き以前の行為をアートの名のもとに公衆の面前にさらす試みともいえ、おおいに示唆に富むものであった。この作品、写真ではなく、実物の髪の毛を壁かガラス面に貼りつけただけだったらもっとよかったのに。

2014/05/13(火)(村田真)

JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク

[東京都]

昨年リニューアルオープンした旧東京中央郵便局、現JPタワー内に開設された「博物館」。運営は日本郵政グループと東京大学総合研究博物館で、東大が開学以来収集してきたのに顧みられることの少なかった厖大なコレクションの一部を移設し、公開している。日本に生息していたワニの化石から、クジラやイルカの骨格、甲殻類や爬虫類や鳥類の標本、ダチョウの卵殻、人体解剖模型、鉱石コレクション、古代ペルシャの首飾り、年代物の地球儀・天球儀、天体望遠鏡、電気工学器具、幾何学関数の実体模型、東大医学部教授たちの胸像や肖像画、明治天皇の肖像写真、なぜか赤瀬川原平の《零円札》まで、かつてのヴンダーカマー(驚異の陳列室)を彷彿させる壮観さ。しかも入場無料というのがうれしい。ものすごく貴重なものは少ないと思うけど、これだけの年代物を幅広く集積し公開すること自体とても貴重なことだと思う。またひとつ楽しめるミュージアムが増えた。

インターメディアテク

URL=http://www.intermediatheque.jp/

2014/05/13(火)(村田真)

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