artscapeレビュー
2010年03月15日号のレビュー/プレビュー
笹岡啓子『PARK CITY』
発行所:インスクリプト
発行日:2009年12月24日
笹岡啓子は新宿・photographers’galleryの立ち上げ時からのメンバーのひとり。同ギャラリーを中心に個展の開催、グループ展への参加などの活動を積極的に続けて力をつけてきた。本書は彼女の最初の本格的な写真集であり、生まれ育った広島市にカメラを向けている。
『PARK CITY』というタイトルは、広島を、原爆記念公園を中心とする「公園都市」と見立てるという発想に由来する。いうまでもなく、記念公園一帯は1945年8月6日の原爆投下時の爆心地を含んでおり、かつては「グラウンド・ゼロ」の廃墟が広がっていた。笹岡の試みは現在の広島の眺めに過去の「空白」の光景を重ね合わせようとするものであり、それが画面全体をじわじわと浸食する黒い闇の領域によって表わされていると言えるだろう。
写真集の後半で、読者は原爆被災者の遺品などを収蔵した資料館の建物の中に導かれる。そのあたりから、この写真集の意図がはっきりと浮かび上がってくる。つまりこの写真集は、土門拳、東松照明、土田ヒロミ、石内都ら、先行する写真家たちによって行なわれてきた写真による原爆の記憶の継承を、現在形で受け継ごうとする試みなのだ。1978年生まれという、より若い世代によるその試行錯誤が成功しているかどうかは別として、作品自体は緊張感を孕んだ、密度の濃い映像群としてきちんと成立している。
2010/02/01(月)(飯沢耕太郎)
井上雄彦 最後のマンガ展重版 大阪版
会期:2010/01/02~2010/03/14
サントリーミュージアム天保山[大阪府]
日時指定の予約チケットが売り出されていたり、会場では整理券が配られているという点も他の展覧会ではあまり見られないことで興味をそそられた。平日の昼間でも行列になることが多いと聞き、朝一番で出かけたおかげでそんなに混雑していない状態で見ることができたけれど、会場ではじっくりと食い入るように作品を見つめている人の姿も多く見られ、熱心なファンが多いことも物語っていた。宮本武蔵を主人公にした有名マンガ『バガボンド』をモチーフに、墨と筆で書き下ろした作品を物語展開するという会場には、大小、さまざまな肉筆画が140点あまり展示されていたのだが、意外にも、あれっ?とあっけなくなるほどのスピードで見終わってしまった。あっという間。物語の切ない場面を三次元に示す展示の工夫もドラマチックだったし、面白くなかったわけではない。いろんな意味で「マンガ」と美術の違いを感じる会場で、むしろ新鮮でもあった。
2010/02/023(火)(酒井千穂)
安楽寺えみ「CHASM─裂け目」
会期:2010/01/12~2010/02/20
ギャラリーパストレイズ[神奈川県]
安楽寺えみは1990年代から写真作品を制作しはじめ、2000年代以降に精力的に個展などで発表するようになった女性作家。アメリカのNazraeli Pressから写真集を刊行し、内外のグループ展にも参加するなど、存在感を強めている。本展の作品も、昨年、まずニューヨークのMIYAKO YOSHINAGA art prospectsで発表され、横浜のパストレイズ・ギャラリーに巡回してきた。
彼女の作品の中心的なテーマは、いつでも性的なイマジネーションである。これまでは男性性器に対する固執が目立っていた。といっても、草間彌生のように恐怖や強迫観念に支配されたものではなく、安楽寺のペニスは肯定的で幸福感に満たされ、どこかユーモラスだ。ところが、今回の展示では、タイトルが示すように裂け目=女性性器がもうひとつのテーマとして浮上してきた。暗闇にちょうどヴァギナの形の裂け目が刳り貫かれ、そこから着替えをしている女性の姿を覗き見ることができるのだ。とはいえ、作品から受ける印象は、決して窃視症を思わせる病的なものではなく、のびやかでエレガントであり、やはりほのかなユーモアが漂っている。このような品のいいエロティシズムは、日本の写真家ではなかなか身につけるのがむずかしいものだ。貴重な存在と言えるのではないだろうか。
2010/02/02(火)(飯沢耕太郎)
井川淳子 展「バベル」
会期:2010/02/01~2010/02/06
藍画廊[東京都]
ブリューゲルの《バベルの塔》の画像が折り重なるように画面を埋めつくしたモノクロプリント。デジタル処理したのかと思ったら、絵のコピーを何百枚も重ねて実写したそうだ。これは少しソソられる。
2010/02/03(水)(村田真)
現代絵画の展望──12人の地平線
会期:2009/12/08~2010/03/22
旧新橋停車場鉄道歴史展示室[東京都]
休館中の東京ステーションギャラリーの企画。堂本尚郎、イケムラレイコ、中村一美、小林正人ら、どういう規準で選んだのかよくわからない顔ぶれ。しかも会場が狭いせいかひとり1点ずつなので、どうにも中途半端感が否めない。
2010/02/03(水)(村田真)