artscapeレビュー

2016年10月15日号のレビュー/プレビュー

フィレンツェ

[イタリア、フィレンツェ]

ヴェネツィアからフィレンツェへ。『磯崎新の建築談義』のインタビュー収録の前に訪れて以来なので、15年ぶりくらいだ。磯崎新のウフィツィ美術館のプロジェクトも止まったように、なかなか新しい建築が登場しない街なので、必然的に古典再訪となる。ミケランジェロによるサン・ロレンツォの新聖具室は、小さな空間だが、1時間以上滞在した。学部生時代の初訪問では『西洋建築史図集』の解説を確認するように見て、院生になってからはマニエリスムの構成の面白さを自分で理解するようになり、毎度新発見がある。今回は単眼鏡で観察したおかげで、細部までくっきりとわかるが、これは他の古典主義に比べて、異様に線が細く、精密なインテリア・デザインだ。

写真:新聖具室

2016/09/14(水)(五十嵐太郎)

篠山紀信展 快楽の館

会期:2016/09/03~2017/01/09

原美術館[東京都]

事前の予想と実際の展示が、これほどぴったり一致する展覧会もむしろ珍しい。篠山紀信が東京・品川の原美術館を舞台にヌード写真展を開催すると聞いたとき、こんなふうになるのではないかと想像した通りの展示が実現していた。
1938年建造という個人住宅を改装した原美術館の、敷地内のあちこちで撮影されたヌード写真が、ほぼ等身大に引き伸ばされて、撮影場所やその近くに貼り付けてある。マネキン人形のようにポーズをとったり、飛んだり跳ねたりしている彼女たち(男性モデルもいる)は、大部分がプロフェッショナルなヌードモデルだろう。ポーズや表情は自然で、裸を見られることに慣れきっている様子がうかがえる。彼女たちをコントロールし、画面におさめていく篠山の手つきも、まったく破綻がない。これまで長年にわたって積み上げられてきた、ヌードを撮る、見せるテクニックが惜しみなく注ぎ込まれ、観客を充分満足させる画像が提供されている。実際に通常の展示よりも、観客数は大幅に伸びているようだ。
ただ、ここまで「想定内」の展示を見せられると、「これでいいのか」と無い物ねだりをしてみたくなってくる。かつて、ヌードを撮る、見せることは、ショッキングで挑発的な行為だった。むろん、篠山のヌード表現が輝きを放っていた1970~80年代の状況を、いま再現するのは不可能なことだ。それでも今回の展示は、写真家も、モデルも、観客も、安全地帯を一歩も出ずに、安心し切ってまどろんでいるようにしか見えない。有名モデルが乳首や陰毛を露出できないのはわかるにしても、やり方次第では、もう少し意表をついた、スリリングな展示も可能だったのではないだろうか。

2016/09/14(水)(飯沢耕太郎)

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津田直「IHEYA・IZENA」

会期:2016/08/19~2016/09/17

POST[東京都]

津田直が辺境の地の人々の暮らしや儀礼を「フィールドワーク」として撮影するシリーズも、「SAMELAND」(2014)、「NAGA」(2015)に続いて「IHEYA・IZENA」で3作目になる。そのたびに、東京・恵比寿のPOSTで写真展が開催され、同名の写真集(デザイン・田中義久)が刊行されてきた。
今回、津田が撮影したのは沖縄本島北西部に位置する伊平屋島と伊是名島。2012年から福岡に住むようになったのをきっかけにして、沖縄を訪ねる機会が増え、本シリーズが少しずつかたちをとっていったという。北欧の住人たちを撮影した「SAMELAND」や、ミャンマー奥地のナガ族を取材した「NAGA」は、それほど長くない旅の時間から産み落とされてきたシリーズだが、「IHEYA・IZENA」は何度も島を訪れ、じっくりと熟成させていったものだ。その分、写真の構成に厚みが増し、信仰と深く結びついた住人たちの暮らしの細部が、鮮やかに浮かび上がってきた。「三部作」の掉尾を飾るのにふさわしい充実した写真群といえる。
津田の「フィールドワークシリーズ」は、これで一応完結ということだが、世界中に足跡を記す彼の写真家としての旅は、これから先もずっと続いていくのだろう。だが、そろそろ彼の世界観、写真観をもっと強く打ち出していかなければならない時期に来ているのではないかと思う。これまでの彼の写真シリーズは、それぞれの旅の目的地ごとにまとめられることが多かった。断片的に情報を提示していくのではなく、それらを統合する思考と実践の軸が必要になってきている。かつて『SMOKE LINE』(赤々舎、2008)で試みたような、いくつかの場所をつないでいく、より大きな視点の取り方が求められているのではないだろうか。

2016/09/14(水)(飯沢耕太郎)

ウフィツィ美術館

[イタリア、フィレンツェ]

20年ぶりくらいのウフィツィ美術館へ。ポンテ・ヴェッキオとシニョリーア広場をつなぐ都市のスケール感をもった建築だ。ここにもスカルパが展示空間をつくった部屋がある。ルネサンス絵画のきれいな色使いに感心する。日本の美術館とは違い、イタリアはどこでもフラッシュさえ使わなければ、何でも撮影OKなのが嬉しい。ドゥオモの周辺は入場の行列がすさまじく、以前より確実に観光客が増えている。フィレンツェの市長が数年前から自動車の進入を禁止とし、人の空間に生まれ変わったが。日本の政治家とメディアも既存のプロジェクトの不安を煽ることで支持率と視聴率を稼ぐのではなく、もっと建設的なことを考えるとよいのだが。

写真:左=《ウフィツィ美術館》 右=上から、《ポンテ・ヴェッキオ》《ドゥオモ》

2016/09/15(木)(五十嵐太郎)

ラウレンツィアーナ図書館

[イタリア、フィレンツェ]

今年日本で巡回しているミケランジェロ展の模型制作に関わったこともあり、ラウレンツィアーナ図書館へ。1.5時間滞在することで陽の変化による明るい状態にも遭遇し、初めて気づくディテールの面白さが満載だった。これも単眼鏡を使うと、肉眼ではとうていわからない、驚くべき解像度とシャープさが浮かびあがる。翌日もラウレンツィアーナ図書館を再訪したが、そのときは2時間、2日で合計3時間半いても全然飽きない。ミケランジェロはこの作品で、それまでの古典主義を卓越した知性と感性でひっくり返し、これ以降も、そして今後も世界中でつくられる古典主義とその亜流が超えられないレベルに到達した。怪物的な建築である。

写真:左・右上=《ラウレンツィアーナ図書館》 右下=閲覧室

2016/09/15(木)(五十嵐太郎)

2016年10月15日号の
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