artscapeレビュー
2017年04月15日号のレビュー/プレビュー
プレビュー:植松奎二 見えない重力
会期:2017/05/13~2017/06/10
ギャラリーノマル[大阪府]
2013年に中原悌二郎賞を受賞し、2014年にニューヨーク近代美術館への作品収蔵、2015年には韓国で大規模な個展を開催するなど、海外での評価が一層高まっているベテラン彫刻家、植松奎二。彼が3年ぶりに大阪のギャラリーノマルで個展を行なう。作品は、約6メートルの角材2本を1本のロープで吊り、空間に巨大な三角形を生じさせる《Cutting-Triangle》と、全長約10メートルのドローイング《置─重力軸・Situation-Gravity axis》など。それらは、彼が長年テーマにしてきた重力や引力(=宇宙を形作る普遍的な力)を可視化したものであり、画廊内に小さな宇宙をつくる試みでもある。今年で70歳になるアーティストとは思えぬ、躍動感と新鮮な感性に満ち満ちた新作が、今から楽しみだ。
2017/04/10(月)(小吹隆文)
プレビュー:井上嘉和のダンボールお面 写真展
会期:2017/05/02~2017/05/14
ギャラリー・ソラリス[大阪府]
劇団維新派のオフィシャルカメラマンであり、国内外のミュージシャン、アーティストの撮影でも知られる写真家、井上嘉和。彼は2010年の節分にダンボールで鬼の仮面をつくったが、子供が思いのほかビビったことに味をしめ、その後も毎年ダンボールで仮面をつくるようになった。そして自作したお面の数々をSNSにアップしたところ、テレビや新聞からの取材や、ワークショップの依頼が舞い込むように。本展では、彼がつくったお面と、ワークショップの参加者がつくったお面の写真を展覧。会場内にお面を被れるコーナーを設けるほか、5月5日のこどもの日にはダンボール兜のワークショップも開催する。写真ファンはもちろん、写真を用いた親子コミュニケーションに興味がある人も注目してほしい。
2017/04/10(月)(小吹隆文)
絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事
会期:2017/04/05~2017/05/28
千葉市美術館[千葉県]
イギリスの画家・デザイナーであるウォルター・クレイン(1845-1915)は、ウィリアム・モリスの思想に共鳴して、社会主義運動、アーツ・アンド・クラフツ運動に参加したことで知られている。クレインがモリスとともに活動するのは1880年頃からのことであり、それまでは主に「トイ・ブック」と呼ばれる子供向けのカラー絵本を数多く手がけている。この展覧会は、これらクレインの本の仕事に焦点をあてる企画。
1845年に画家の息子としてリヴァプールに生まれたクレインは、木口木版の工房でデッサンの基礎を学び、その後多色刷木口木版の技術を開発した彫版師エドマンド・エヴァンズに才能を見いだされ、1865年に全ページカラー刷りの絵本を生み出した。それ以前の絵本の挿画は単色の版に手彩色だったり、イラストは既存のものの流用だったりしていたところに登場したオリジナルな美しい色彩の絵本は、人々に高く評価され、多くのタイトルが出版され、それぞれが幾度も版を重ねた。トイ・ブックは8から12ページの小さな絵本で、当時6ペンスあるいはその倍の1シリング程度で売られていた安価な本。クレインが手がけた作品は、シンデレラや長靴をはいた猫、美女と野獣、マザーグースなどのよく知られた物語や、アルファベットを覚えるための唄など、多岐にわたる。テキストを含め誌面全体が美しく構成されていることが特徴的で、クレインが単なるイラストレーターではなく、優れたデザイナーであったことがよく分かる。
クレインの絵本の魅力が、当時の印刷技術とともにあったことは見逃せない。図版の印刷に用いられたのは、木口木版。クレインの原画を元に、エヴァンズが主線の版を彫って仮刷りし、これにクレインが色の指示をして色版を完成させる。6ペンスの本では主線の版の他に4色、1シリングの本では合計8色の版で刷られているという。鑑賞の際にはルーペか単眼鏡の持参をお勧めする。細部を拡大してみると、色版は単純なベタの色面ではなく、ハッチングなどの手法で濃淡をつけており、さらには他の色版との掛け合わせで微妙かつ複雑な色を表現していることに驚かされる。少し離れてみると、筆者には手彩色やリトグラフによるものと区別が付かない。木口木版が用いられたのは、これが活字と組み合わせて凸版印刷の手法で刷ることができたことと、機械を使った大量印刷に耐える強度があったためだ。トイ・ブックは通常でも数万部、多いものでは10万部も刷られたという。板目木版や銅版画では版が潰れてしまうためにこれほどの大量印刷は不可能だ。日本で同様の技術が用いられたという話を聞かないのは、日本で出版文化が興隆した頃にはすでに石版印刷や網点による色分解が主流になっていたからであろうか。クレインの作品にも後期には網点によるカラー印刷のものがあるが、あまり魅力が感じられないのは、クレインが木口木版の技法を熟知したうえでその特徴を最大限に生かすように作品を描いていたからなのだろう。
会場にはクレインのほぼすべての絵本と主要な挿絵本約140点の他に、エヴァンズが版を手がけた他の画家たちの作品(これも印刷が素晴らしい)、絵本画家ケイト・グリーナウェイ、ランドルフ・コールデコットの作品も並ぶ。ヴィクトリア時代後期の絵本の世界を堪能できるこの展覧会に出品されている作品が、すべて国内の美術館や博物館、図書館、個人の所蔵によるものという点も驚きだ。このほか、千葉市美術館のコレクションから、クレインの表現様式に影響を与えた日本の浮世絵版画が出品されている。クレインの作品を大胆に構成したチラシデザインおよび図録装丁は中野デザイン事務所。[新川徳彦]
2017/04/11(火)(SYNK)
カタログ&ブックス|2017年4月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
身体感覚の旅──舞踊家レジーヌ・ショピノとパシフィックメルティングポット
独立戦争中のアルジェリアで生まれ育ち、幼い頃から踊り続けてきたレジーヌ・ショピノ。その60年の半生は「自己受容感覚的な自伝(biographie proprioceptive)」として振返りうるようなものであり、身体の感覚を変え続ける旅であった。(中略)
近年、自身の新たなカンパニー(Cornucopiae - the independent dance)を立ち上げてからは、太平洋諸地域のアーティストや研究者らと「パシフィックメルティングポット(PMP)」という舞踊・歌唱・音楽の研究創作プロジェクトに励み、島々の口承文化に宿る時間性から、歌や踊りの本性を見直している。本書は、そのPMPのプロジェクトにいたるレジーヌ・ショピノの舞踊的自伝、および哲学者や批評家らのダンスに関する珠玉の論考を編纂したもの。2015年に神戸で世界初演となったPMPの新作公演の映像や、ドキュメンタリーフィルムも特典付録している。
動く大地、住まいのかたち プレート境界を旅する
動く大地はユーラシアのプレート境界域に何をもたらしたか。環境を創造し、時に社会を壊滅させる地球の驚異的な働きと、その地で生き抜く人々の叡智と暮しを活写。人間生存の条件を捉え直した建築論的旅の記録。
音楽と美術のあいだ
音楽って? 美術って? そのあいだって?
それが音楽であるとか美術であるとか、そんなもんは本当はどうでもいいと思っているんです。でも、「そもそもそれって何なの?」ってところから考えてみると、今までゴミクズだと思っていたものが輝きだすことだってあって、あ、輝かなくてもゴミクズのままでも充分素敵だと思えることもあって、そんなことをやっているちょっと風変わりだけど素敵な人たちと話していく中で思ったのは、名付けようもないことをやるってことは、自分の手で未来を見つけることなんじゃないかってことなんです。この本にはそんなことが書いてあります。(大友良英)
DESIGN IS DEAD(?)デザイン イズ デッド?
金額、日程、評価のどれにも納得感が得にくい「デザイン」。いまもっとも疑いの目を向けられる暗黙の領域にスポットをあて、社会としてそれをどう駆使していくべきか考える一冊。
展覧会「大いなる日常 The Great Ordinary」カタログ
表現するという行為は、誰のものなのでしょうか? 何かを表現するということは、限られた人に許された行為ではなく、無意識のうちに誰もが行っていることです。その人にとっては切実な習慣や愛着、ささやかなこだわりが、他の人にとって “表現” として発見されることもあります。また、ひとりでにはじまる表現もあれば、誰かの存在があるからこそできあがる表現もあるのです。わたしたちは自分以外のものと関係を結びながら日々生きていますが、表現においても、それは避けられない問題です。そして世界は、必ずしも人だけでできているわけではありません。この展覧会では、人や動物、植物、機械など、性質の異なる主体の恊働によるさまざまな表現を通して、表現のはじまりやそこにある他者との関係性のかたちを改めて見つめます。
Magazine for Document & Critic AC2[エー・シー・ドゥー]18号(通巻19号)
国際芸術センター青森が、2001年の開館以来、およそ毎年1冊刊行している報告書を兼ねた「ドキュメント&クリティック・マガジン エー・シー・ドゥー」の第18号(通巻19号)。2016年度の事業報告とレビューのほか、関連する対談や論考などを掲載。今号の特集は「もう一つの表現」、O JUN展「まんまんちゃん、あん」ほか。
「森のはこ舟アートプロジェクト2016」報告書
2014年に始まった「森のはこ舟アートプロジェクト」の2016年度の活動とこれまでの軌跡を総括した報告書。各エリア(喜多方市/西会津町/三島町/猪苗代町/北塩原村/南相馬市)での活動報告のほか、クロージングフォーラムの様子や各エリアコーディネーターのインタビューなどを収録。
武田五一の建築標本──近代を語る材料とデザイン
近代建築を牽引した建築家・武田五一(1872-1938)は、博物学者でもあった?!
国会議事堂の設計にも関わった五一は、自身の建築だけでなく、教育にも力を注いでいた。創設に携わった京都大学建築学部やデザインを教えた京都工芸繊維大学には、彼が中心となって収集した多岐にわたる建築素材や金物サンプル類が残されている。教育用として集められたものの、好奇心旺盛な五一の分類学的思考によって集められたそれらはまさに「建築標本」と呼ぶにふさわしい。建築家でありながら博物学者とも思わせる所以である。
本書では、本邦初公開となる資料を中心に約80点の「建築標本」をカラー図版で紹介。明治の幕開けとともに近代化が始まった日本の建築を象徴する多彩な材料を一望しながら、未来を見据えたコレクター・五一の世界観を垣間見る。彼の好奇心と関心が詰まった建築コレクションを初披露する。
2017/04/14(金)(artscape編集部)