artscapeレビュー

渡邊聖子「波と爪」

2013年04月15日号

会期:2013/02/25~2013/03/03

みどり荘[東京都]

渡邊聖子がようやく本領を発揮し始めたようだ。今回の渋谷区青葉台のみどり荘(古いアパートを改装した気持ちのいいスペース)で開催された新作展では、写真のプリントや青焼きのコピーをガラス板で押さえたり、サービスサイズのプリントを束にして置いたりするインスタレーションが試みられていた。そのやり方自体は、以前とそれほど変わっていない。だが、特筆すべきは写真と併置されている「波と爪」(あるいはKiki and Lala are in love I watch their love)と題するテキストの方で、その表現力が格段に上がっているのだ。
渡邊は以前からテキストと写真とを組み合わせる作品を発表してきたのだが、とかく言葉が空転する印象があり、その意図がうまく伝わってこなかった。だが、「歌謡曲を下敷きにした」今回のテキストでは、言葉の絡み合いがいい意味で俗っぽくなり、読者にきちんと届いてきているように感じる。「波は傷の形をしている。あなたたちはそこで抱き合っていても何も見ることはできない。窓だけが仄あかるい。それ以外はすべて暗い。見えない。抱擁する」。スリリングなエロスの場面が、畳み込むようにスピードに乗せて綴られていくその内容は、もはや現代詩の領域(むろん映像は重要な役割を果たしているが)に踏み込んでいると言えそうだ。
本展はartdishから刊行された渡邊の作品集『石の娘』の出版記念展を兼ねている。秦雅則『鏡と心中』、村越としや『言葉を探す』、そして今回の『石の娘』と続いてきたartdishのラインアップは、言葉を中心にした写真集という、ユニークな志向性をさらに強めつつあるようだ。このシリーズも次の展開が楽しみだ。

2013/03/03(日)(飯沢耕太郎)

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