artscapeレビュー
武井裕之「はつ恋」
2013年04月15日号
会期:2013/03/06~2013/03/23
神保町画廊[東京都]
「懐かしさ」は写真を見るときに大きな影響を及ぼす感情だが、それを導き出すためには細やかな配慮が必要となる。独学で写真撮影の技術を身につけた武井裕之は、今回「はつ恋」と題して発表されたシリーズを、2005年頃から撮影し始めた。彼はR型のライカと高感度のモノクロームフィルムというクラシックな組み合わせで、制服姿の美少女たちにカメラを向ける。NDフィルターを使用し、ややオーバーに露光することで印画紙の粒子を強調し、ソフトフォーカス気味にプリントする。そのことによって、被写体の現実感が希薄になり、まさに「はつ恋」の対象を遠くから憧れの眼差しで見つめているような、あえかな距離感=「懐かしさ」が生じてくるのだ。
武井の仕事はたしかに「美少女写真」の典型ではあるが、この種の写真につきまとう、あざとさやわざとらしさは、あまり感じられない。彼はこのシリーズを撮影するにあたって、モデルたちに「安心してもらう」ことを心がけてきたのだという。彼女たちの緊張感や不安感は、すぐに表情や身振りに表われてくる。それを少しずつ和らげ、解きほぐしていく手際のよさこそ、撮影やプリントのテクニック以上に大事になってくる。同じモデルを何度も撮影することもあるようだが、あまり慣れ親しんでしまうと、今度は新鮮さが薄れてくる。モデルたちとの微妙な駆け引き。だがそれを「撮りたい」という純粋な情熱で包み込んで、無為自然なものに見せてしまうのが、武井の写真術の真骨頂と言えそうだ。
2013/03/14(木)(飯沢耕太郎)