2019年12月01日号
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artscapeレビュー

2011年06月15日号のレビュー/プレビュー

トーキョー・ストーリー2010

会期:2011/04/28~2011/05/28

トーキョーワンダーサイト青山[東京都]

スペイン、オーストラリア、メキシコ、スイスからのアーティストによる映像とインスタレーションの展示。ひとりを除き、3月の震災や原発事故を作品に反映させており、外国人の受けた衝撃の大きさを物語っている。アレックス・カーショウの映像作品《プレリュード》は、数十本のチューリップを花瓶に入れて数日間にわたり撮影したもの。徐々に頭を垂れたと思ったら、逆回しになって首をもたげていく。絵のように美しいとはいえ、これだけなら小瀬村真美をはじめよくある手法だが、つい見入ってしまったのは、そこに一瞬、3.11の前震が記録されているとパンフレットに書いてあったからだ。でもしばらく凝視していたけれど見つからず……。そうか、退屈な映像作品を見続けさせるにはキャプションに一言「オバケが映ってる」と書いとけばいいんだ。

2011/05/13(金)(村田真)

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ジョセフ・クーデルカ「プラハ 1968」

会期:2011/05/14~2011/07/18

東京都写真美術館 2F展示室[東京都]

1968年8月21日、ソビエト連邦を中心としたワルシャワ条約機構軍が、民主化を推し進めようとしていたチェコスロヴァキアの首都、プラハに侵攻した。プロの写真家としての経歴をスタートしたばかりだった30歳のジョセフ・クーデルカは、それから一週間にわたって戦車部隊に対する民衆の抵抗の様子を記録し続けた。もともと圧倒的な戦力の差があることで、チェコスロヴァキア政府は「武力による防御はもはや不可能」と判断していた。抵抗はもっぱら「言葉と振る舞い」によって行なわれ、多くの市民がソ連軍兵士に近づいて話しかけ、ビラやポスターや落書きで意思表示を続けた。
だが、時には激しい衝突が起こり、車両に火が放たれたり、銃撃によって死者が出たりもする。その次第にエスカレートしていく状況に対して、クーデルカは冷静かつ的確にカメラを向けている。今回東京都写真美術館に展示された100枚ほどの写真を見ると、彼の写真家としての状況判断力と身体的な反応のよさにあらためて驚かされる。かといって、混沌とした現場から離れて安全地帯に身を置いているわけでなく、あくまでも民衆に寄り添いながらシャッターを切り続けているのがすごい。この「プラハ 1968」のシリーズは、1969年、ソ連軍撤退後にひそかにアメリカに持ち出され、「匿名、プラハの写真家」撮影ということでマグナム・フォトスを通じて世界中に配信された。それが「匿名」のままでその年のロバート・キャパ賞を受賞したということにも、このシリーズのクオリティの高さがあらわれているといえるだろう。
クーデルカ本人は1970年にイギリスに亡命し、その後マグナム・フォトスの正会員となって、世界有数のドキュメンタリー写真家としての名声を確立した。この実質的なデビュー作は、彼にとっても特別な意味を持つ作品であるとともに、大きな出来事が身近な場所で起こったときの写真家の立ち位置がどうあるべきかをさし示す、素晴らしい作例となっている。あらためてじっくり見直すべき価値のある展示といえるのではないだろうか。なお、本展のカタログを兼ねて平凡社からジョセフ・クーデルカ『プラハ侵攻 1968』が刊行された。資料的な価値の高い、丁寧な造りの写真集である。

2011/05/14(土)(飯沢耕太郎)

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浜田涼「PLATFORM 2011 距離をはかる」

会期:2011/04/16~2011/05/29

練馬区立美術館[東京都]

「現代美術で考え、現代美術を実感する場」として昨年から東京・中村橋の練馬区立美術館で企画・開催されている「PLATFORM」のシリーズ。今年は浜田涼、小林耕平、鮫島大輔の3人がそれぞれ個展を開催した。昨年の寺田真由美に続いて、今年も写真を使う浜田涼が選ばれているのが嬉しい。
浜田は1990年代から、基本的にピンぼけの写真の作品を発表してきた。ボケたり、ブレたりする写真を作品に取り入れる写真家はかなりたくさんいる。だがその多くは、光量が不足していたり、被写体が動いたりすることでたまたまできあがった写真であり、浜田のように「意図的に」その効果を用いている作家はあまりいないのではないだろうか。つまり、彼女はむしろ「日常生活はいろんなものの端っこが混じり合いぼんやりとして曖昧なものだらけで出来ている」という認識を作品化して証明するために、ピンぼけの効果を徹底して利用しているわけで、その作品は一貫したコンセプトに基づいている。「写真家」の仕事としてみるとやや物足りなさを感じてしまうのはそのためかもしれない。写り込んでいる被写体のあり方に鋭敏に反応するよりは、「図柄」としての視覚的効果を重視しているように見えてしまうのだ。浜田の作品は写真をメディウムとして使用してはいるが、やはり「画家」の仕事といえるだろう。
ただ、身近な人物の顔が写ったスナップ写真を素材にした「大切な人の写真を持っていますか? その写真の表情以外に、その人の顔を思い出せますか?」(2001年)という長いタイトルのインスタレーションには、ほかの作品とは違った可能性を感じる。素材になっている写真群と浜田自身との間の「距離」を、より生々しく実感できるからだ。この方向に展開していく仕事を、もう少し見てみたい気がする。

2011/05/14(土)(飯沢耕太郎)

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JIA東北「建築家フォーラム2011」

会期:2011/05/14

山形県郷土館「文翔館」議事堂[山形県]

いつもはせんだいメディアテークが会場となるイベントだが、今年は震災とは関係なく、文翔館に決まっており、山形でJIA東北建築家フォーラムが開催された。かつては議場だった、すぐれた近代建築でのイベントは気持ちがよい。第五回JIA東北住宅大賞2010の表彰式の後、審査員をつとめた古谷誠章と筆者が作品の講評を行ない、大賞となった木曽善元によるレクチャーが続く。後半のシンポジウム「過去の復興が教えるまちづくりの未来」が予想以上に興味深い内容だった。阪神淡路大震災後の小島孜による芦屋西部地区の試み、名取の針生承一による木造仮設住宅、津波を受け入れる街論、福島の滑田らによる原発問題を受けた二地域居住のシステムなど、ぼんやりした話ではなく、地元の建築家によって、現場ならではの具体的な提案が紹介されたからである。

2011/05/14(土)(五十嵐太郎)

赤レンガ卒業設計展2011

会期:2011/05/13~2011/05/16

横浜赤レンガ倉庫 1号館2階[神奈川県]

震災で延期していた赤レンガ卒業設計展が、二カ月遅れで開催にこぎつけた。審査員は、ヨコミゾマコト、藤村龍至、谷尻誠、中山英之、五十嵐ら。午前の審査で3つの作品を推薦した。隙間に充填されたコンクリートの壁がインフラとして残り続ける東京都市大学の矢野健太「都市の型枠」、私の空間を追求した日大の石原愛美「わがスーパースターの家」、そして地図を変異させるプログラムを提案した前橋工科大の神田大紀「東京bug:model」である。審査員に評価軸を提示することを要求する卒計イベントの風潮に、違和感を覚えていることもあり、あえてまったく共通項のない、ばらばらの作品群を選んだ。そして全体討議の結果、矢野の案が最優秀賞となる。講評を経て、五十嵐賞は、魅力的な敷地と産業遺産に絡めて、詩的な風景を創造する稲垣志聞「タネの図書館」に出す。
後半は「建築の方向性に関するシンポジウム」だった。それぞれの審査員が学生時に影響を受けたもの、いまどきの学生観、そして震災以降の建築を語る。筆者としては、今回のテーマが「directions」と複数形になっていたように、震災だからといって、みなが同じ方角に向く必要はないと思う。価値観はばらばらでかまわない。

2011/05/15(日)(五十嵐太郎)

2011年06月15日号の
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